独身でも専業主婦でも、うしろめたさを抱えていない人はいない。『あなたに安全な人』を読むと、それがわかる。

by Ander Burdain

このコラムでは、私が独身なのでだいたいいつも「独身の肩身の狭さ」「独身の生きづらさ」について語り、「独身を許してよ、責めないでよ、怒らないでよ!」という訴えに着地することが多い。が、昨今は「専業主婦」の方々も、もしかしたら独身と同じくらい肩身が狭く生きづらいのかもしれない、と考えてしまうことがある。家事に子育てに自分の時間なんてないくらい忙しくしていても、金銭を得る働きをしていないせいでなぜか暇だと思われてしまうとか、保守的な思想の持ち主だと思われてしまうとか、世の中の流れに逆行しているようで肩身が狭いとか……。

かくいう私も、二次創作にハマって推しカプのオンリーイベントで専業主婦を含む様々な属性の女性と直接交流する前は、自己紹介で「専業主婦です」と言われると、正直ちょっと身構えてしまうところがあった。なんとなく、先入観で「独身を見下してきそう!」って思ってしまっていたのである。実際に交流してみたら、どちらの何を見下すことも卑下することもなく、ただお互いの推しカプ妄想を仲良く垂れ流すだけだったけど……。

つまりは、独身でも、専業主婦でも、子供のいない夫婦でも、あるいはすべて揃っているように外側からは見える家庭でも、よくよく心の内側を覗いてみると、うしろめたさを抱えていない人なんていないってことなのだと思う。みんなそれぞれで欠陥を抱えており、問題に頭を悩ませており、老化する体を引きずって暮らしている。誰かに何かを指摘されることを恐れ、あるときは衝突し、腹を立てている。今回紹介するBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した木村紅美さんの『あなたに安全な人』も、大きい括りでいうと、そういう小説だと捉えていいのではないか。 

人と人とを隔てているものが、コロナによって表面化する

『あなたに安全な人』の舞台は、明確には書かれていないがおそらく2020年の、日本の地方都市である。主人公の妙(たえ)は関東で教師をしていたがとある事情によって辞職し帰郷、両親に先立たれたあとは、一人で暮らしている。そして、そんな妙の家に排水溝の掃除で訪れたのが、同じように一度は上京したものの事情によって今は実家の蔵で生活している忍だ。二人は排水溝の掃除をきっかけに出会い、妙の家で共同生活を送るようになる……のだが、もちろん妙と忍の関係はロマンスに溢れた恋愛なんかに発展しない。

二人を隔てているのはコロナも一因としてあるが、コロナが二人を隔てているというよりは、二人を(というか、世間の人と人との関係を)隔てているものが、コロナによって表面化したというほうがしっくりくる。家族でも友人でも恋人でもない人に自宅のトイレを使われるの正直抵抗があるな〜とか、洗面所のタオルを使われるの嫌だな〜とか、2019年以前から普通にあった言いにくい気持ちを、「感染症対策なので!」を楯にして言いやすくなったというか。

身体的接触以外にも、「誰かにこう思われているかもしれない」という被害妄想、「誰かを傷つけたかもしれない」という加害妄想などなどが次々に表出し、妙と忍の共同生活はロマンスどころか、息の詰まるような閉塞的なものになっていく。