ギリギリになってぶちまけるよりは

冒頭の話にもどろう。「呪詛のかけ合いのような不毛な口論にも、まったく意味がないわけではないかもしれない」と思ったのは、ソンジャの母であるヤンジンが死の間際に、娘のソンジャに罵声を浴びせる場面があったからである。

『パチンコ』におけるヤンジンは毒親的存在なのかというとまったくそんなことはなく、物語を通して娘思いの、我慢強い、働き者の、優しい母親としてずっと描かれてきた。それが死の間際になって、自分の中で抑圧してきた「言ってはならないこと」を、娘に全部ぶちまけてしまうのだ。この豹変っぷりには肝が冷えるが、同時に「あるある」なんだろうとも思う。我慢強い人は、所詮は「我慢しているだけ」で、意地悪さや他者への懲罰的な思いがそこで消えるわけではない。で、それを死の間際とかギリギリになっていきなりぶつけるくらいなら、日頃から親しい人相手に発散しあっておくくらいでちょうどいいのかもな、と私は思ったわけだ。

『パチンコ』で描かれるのは、「人間は皆、聖人じゃない」ということだ。それはアメリカ人も日本人も、在日コリアンも、男性も女性も、健常者も障害者も同じ。そして、「失敗税」が注目を集めることが多い今の世の中で改めて、『パチンコ』を読んだ者同士で「成功税」や「平凡税」の話もしてみたいな、とも思ったのだった。

Text/チェコ好き(和田真里奈)

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