マンガ家の鳥飼茜さんは、男女の性差をテーマに、人々が日常で目を背けがちなものに斬り込む作品を多数描いている。
2017年に完結した『先生の白い嘘』(全8巻)は、昨今男女平等の風潮が高まる一方で、「それは表面的なものなのではないか?」、「いまだなくならない性暴力や性差別が“なかったこと”になってしまうのではないか」とのメッセージが込められた作品だった。
新作『ロマンス暴風域』では、風俗嬢にハマった主人公の男性・サトミンを通して、「男性が女性をカネで買うシステム」についてを問う。
強姦などの性暴力は「ある」前提。
「ない」とうやむやにしたくない
――まずは、今回なぜ風俗嬢をテーマにしたのか、という話からお伺いさせてください。
興味は、あったんだと思います。風俗嬢の方が書いたエッセイをかじりつくように読んだこともありますし。ただ、その興味は、「恐怖」からきています。私、もともと風俗というものにめちゃくちゃ恐怖心があるんです。
先に誤解がないように言っておきますと、いま風俗嬢の仕事に誇りを持ってやっている方についてどうこう言うつもりはまったくなくて、ただただ自分自身が「怖い感覚」を持っているという話です。よく自分が風俗嬢になった夢を見るんです。風俗嬢の待合室のような場所にいて、店に出てお客さんの相手をしなきゃならないけど、すごく怖くて。そんな状況で自分の名前が呼ばれて、土壇場で逃げる、という夢なんです。
――現状、風俗で働く予定も、働かなければならないわけでもなく?
なくても、です。風俗嬢は私が今までの人生では絶対に選ばなかった職業ですし、選ばなければならない局面もなかった。すごく遠いところにある話です。でも、遠ければ遠いほど、近くに感じるというか。
中学生のとき、強姦というものの存在が怖すぎて、警察署に電話で相談したこともあるんです。別に何かをされたわけでもなく、男の人と付き合ったこともないような甘ちゃんなのに、そういうことが実際にある、という事実が怖かった。警察署の相談窓口に電話して「強姦が怖いんですけど、どうやったら防げますか?」って。防犯ブザーを持ってください、カギをかけて下さい、とかたいした答えは得られなかったんですけど(笑)
――男性恐怖症だった、とかではなくですか?
そういうわけではないですね。高校生になってから彼氏もできましたし。セックスがどうこう、というよりも、「強姦」が怖かったんです。何かトラウマがあるんじゃないか、ってよく聞かれるんですけど、特にないんですよね。それほどにこだわっている自覚はありますけど(笑)。
こういうのはほかにもあって、今の自分とはおよそ無関係だろうことを気にするんですよ。例えば、エボラ出血熱とか気になりますし。今すぐに罹るわけじゃないけど、めちゃくちゃ怖いです。遠いってことに甘んじたくないんでしょうね。遠い世界のことだからって、油断するような態度を取りたくないんだと思います。
――隣人とか友達の友達くらいに近いところで起こったことならば、明日は我が身と思うのもわかるのですが、そうではないまったく無関係の人のことでもなんですよね。鳥飼さんは人よりも想像力が豊かということなのでしょうか。
遠くでいじめられて亡くなった子のことなんかも考えてしまいますし、遠くで起こっていることが自分の中に結びつきやすいんでしょうね。あり得る、と思ってしまいます。私、めちゃくちゃ心配性なんですよ。
それに、風俗に関して言えば、自分の周囲の友達も利用しているわけですし。同級生の友達の男の子でも、女の子を買うんですよ? わからない。同じ感覚で共感して喋っていた男の子なのに、そこだけはわからない!
――同級生、と言われると急にリアルに感じます。
そうそう。なんでだろう……ってなるでしょう? 「キミはその、風俗のお店に行ったときの感じと、いま私と喋っているときの感じ、同じ女という性別を相手にしているわけだけど、具体的にどこが違うの?」と思います。だから、「強姦」だってあり得る、と思ってしまうんです。
私は性をテーマにしたマンガを男性編集者と何作も作ってきていますが、極端なことを言えば、仕事相手である編集さんに対してすら、「私たちの間ではレイプとかは無しでいきましょう」と最初に確認を取りたい。
私は普段、男女平等で性暴力とは無縁なところで生きているけど、それでも世の中では男と女という立ち位置によって性暴力が起こり得ますよね。実際に起こっているニュースも見るわけですし。そういうのがある前提で、「でも、無しで」と先に釘を刺したい。
触れないようにうやむやにされていることを、まず「ある」前提で話したほうが、「この先に行ってはいけませんよ」と明確に線引きできて、安心なんです。