山で捻挫したけどエロの予定がある!辛さを堪えて長野まで/中川淳一郎

1988年に公開された映画『マリリンに逢いたい』は、沖縄・阿嘉島のオス犬「シロ」が、3km離れた対岸・座間味島に住むメス犬「マリリン」に逢うため海を泳いだ実話に基づく作品だ。当然公開されてから多くの感動を呼んだが、とある芸人が「性欲ギラギラのオス犬がコーマンしたくて3km泳いだって話であり、美談でもなんでもねぇ」的なことを雑誌のインタビューで語っていた。

『マリリンに逢いたい』ならぬ…

まさに僕も「ハルコに逢いたい」をしたことがある。海を3kmも泳ぐ、というほどではないが、今回はそのときの話。当時僕は大学の登山部に入っており、トレーニングのため、玉川上水沿いの雑木林を走るのが常だった。この雑木林は木の根っこがところどころ地面に露出していたり、石が落ちていたりする。整備されたトラックとはワイルドさのレベルが違う。ある日、木の根っこにヘンな角度で着地し、右足を捻挫した。過去に捻挫は経験したことがあるが、「今回はレベルが違うわ」というもので、僕はすぐに走るのを中止。

別の部員の肩を借りて部室まで戻り、応急処置をしてもらった。患部は腫れており、ズキズキが激しい。コンビニで氷を買ってきて冷やしたが、全治3週間はかかりそうな代物だった。当時僕は病院に行く習慣がなかったため、自力で治すことにした。しかし、問題があった。とある登山のとき、テント場で会い、連絡先を交換したハルコさんとこの4日後に長野県松本市で逢うことになっていたのである。

ハルコさんは、縦走(じゅうそう=山の峰と峰を結んで行う登山)の帰りに松本で仲間と別れ、一泊するという。「だからニノミヤさん、夕方いらっしゃいませんか?」というナイスな誘いを受けたのだ。これは明らかにエロ込みの「いらっしゃいませんか」だと判断し、僕はこの日を一日千秋の思いで待っていたのである。

しかし! とにかく足が痛い。この日は恒例の飲み会は遠慮し、痛みをこらえながら自転車で自宅に帰った。普段は20分ほどで着くのだが、この日は35分もかかってしまった。そして早く寝て、朝になったらなんとか痛みよ、少しは収まってくれ! と願ったのである。

しかし、痛みは引くどころかさらに痛くなっており、患部はより腫れがヒドくなっていた。紫色の内出血もあった。こりゃ、ハルコさんと会うのは無理かも……と弱気になったものの、この機会を逃したらいつ彼女とエロができるかが分からない。何しろあちらは社会人で学生の自分よりも圧倒的に忙しい。そんな中有給休暇を取って縦走に出かけたのだから、おいそれと今後は休むことはできないだろう。あと、当時携帯電話所有者は少なかったし、山の上では繋がるワケもないため、ハルコさんに連絡の取りようがなかったという事情もある。待ち合わせは「17時にJR松本駅の改札口で」というものになっていたのだ。

辛さを堪えて松本まで行くことに

というわけで、僕は3日後、松本まで行くことを決定。この日(木曜日)と翌日(金曜日)は大学をサボることにし、家の近所を少し散歩する程度のリハビリをするにとどめた。そして普段は最寄り駅近くの駐車場まで自転車に12分乗り、そこから8分歩いて駅到着、というルートだが、清水の舞台から降りるつもりでこの日はタクシーを予約した。当時、学生の身分としてタクシーなどお大尽様が乗るものだと思っていたのだが、背に腹は代えられない。自転車で転倒したり、定刻の特急「かいじ」に乗れなくなっては困る。

駅ビル前でタクシーから降ろしてもらい、大金1100円ナリを支払い、2階にある切符売り場へ。普段は階段を使うのだが、この日ばかりはエスカレーターで上がった。切符は無事に買え、自動改札を通過。その後、下りの階段を歩いたのだが、これが思いの他辛い。人々が元気にスタスタと歩いている様が羨ましくて仕方がなかった。でもオレはこれから5時間後ぐらいにはお前らよりもいいことしてるんだかんな、と突然ゴーマンな考えになってしまった。