大学の部活で1歳年上の岩田さんは女優の風吹ジュン似のモテ女として知られており、後輩達の憧れの存在だった。何を誤ったか彼女は大勢いる後輩の中から僕だけを選び、サシで何度も飲んだ。卒業後も時々飲む仲だったが、彼女が32歳で僕が31歳だったときに突然結婚を報告された。
「ニノミヤ君、私さぁ、結婚していたんだよね。27歳のときに。同じ職場の真面目な男とね。そして今は3歳の娘がいるよ。かわいいよ」
当時、僕は非正規雇用で働いていて金銭的には安定していなかった。だから正社員である彼女が同じく正社員の男性と結婚し、順風満帆な人生を送っていることについては素直に「良かったですね」としか言えなかった。だが、彼女から戻って来たのは意外な一言だった。
「それはいいんだけど、なんかさぁ、子どももできるとあんまり遊べなくなるんだよね……。今日だって夫が久々に娘を見てくれるというから出てこれたわけで」
このとき飲んでいたのはJR山手線・鶯谷駅近くの安居酒屋のカウンターだったのだが、岩田さんは座っていた背もたれのない椅子を僕の方に少し近づけ、脚同士を接触させてきた。
「今日は楽しい?」
「はい、楽しいです」
「フフッ」
そう笑うと彼女はジョッキに入ったビールをクイッと飲み、こう言った。
「私ともう少しいたい?」
上目遣いでこう言われると「はい」としか言いようがない。すると彼女は「うれしーい」と言い、僕の両肩に腕をまわしてきてハグをした。この段階で僕は一気に勃起をしてしまった。
いい雰囲気になったときの選択肢
ここでやるべきは以下3つである。
【1】「何言ってるんですか!」と言い、追加の料理を頼み、飲みを引き延ばす
【2】「もうそろそろ遅いですね。ご家族も待っていますよ」と言い、お開きにする
【3】「あそこ、行きませんか?」と窓から見えるラブホテルを指さす
この重要な判断を僕は瞬時にしなくてはならなかった。本当に女心は難しい。【1】と【2】は無難な選択だが「せっかくこちらが渡し舟を出してあげたのに」と思われるか「ケッ、この意気地なし」と思われる恐れはあるが「あなた、紳士ね」と思われる可能性もある。本当に男というものは女性の心の機微が分からない。
一方、【3】のようにラブホテルに誘ってしまうと激怒される恐れもあるし、今後一生会ってくれない恐れもある。だが、もしも【3】の答えが受理された場合は最大の素晴らしい時間を得ることが可能になる。ただ、そんなに都合の良い話はないだろう。僕も「20%ぐらいの確率で『OK』もらえるかな……。断られたらそれはそれでもう少し飲めばいい。さらに、もう岩田さんに会えなくなっても構わない。今は20時20分、今から会計をし、20時30分にホテルに入って2時間ならば、23時台に彼女は家に帰れる。誘うなら今だ!」と数秒で判断をした。
彼女の目を見ながら、そして互いの脚はくっついたまま「岩田さん、今からアソコ行きませんか?」とケバケバしいネオンの鶯谷のラブホテルを指さした。
「いいよ~。ニノミヤ君、行こう!」
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