私たちの間に恋はなかった
デビュー作『59番目のプロポーズ』を出版してから11年がたった。
その間、ドラマ化した作品に主演した女優が相手役と結婚して離婚して歌舞伎役者と再婚したのを見ても、11年って長いなあと思う。
夫である『59番』と出会ったのは、29歳の冬だった。家の近所のバーで飲んでいる時、私の携帯の着ボイスが鳴った。
『間違いない、メールだ!』(CV古谷徹)
次の瞬間、カウンターに座っていた男が「…アムロか?」と振り向いた。
目が合ったその刹那、眉間から稲妻が飛び出して「これは…これも運命なの?アムロ…」と恋に落ちることはなかった。
そもそも私たちの間に恋はなかった。
ドキドキもムラムラもなかったし、エロスやパトスがほとばしることもなかった。
かつ夫はグルメにまるで興味がなかったので、こじゃれたレストランでデートすることもなかった。大抵はスーパーで食材を買い、わが家で適当に鍋とか作って食べた。
キスもする前から同棲しているみたいだった。
でも「ザク切りにした野菜をグフグフ煮てジオン鍋」とか言いつつ、ふたりでごはんを食べるのは楽しかった。
私達はアムロとララァではなく、ドラえもんとのび太のような関係だった。
部屋の床にゴロゴロと寝転がって、漫画を読んだり昼寝をしたり、おやつのドラ焼きを食べたり。
ぬるま湯のような空気に浸かりながら「家族ってこういうものかも」と思った。
今までは熱湯から水風呂に浸かるようなアップダウンの激しさ、それに伴う心拍数の上昇を、恋と錯覚していたのだと。
私達の間には、乙女ゲーのようなロマンチック要素も皆無だった。
夫の部屋に遊びに行くと、昭和のゲーム音楽がかかっている。私がイチャつこうとすると「ダメだ!ストⅡのテーマ曲を聞きながら女とイチャつくなど、俺にはできない!」と叫ばれて仰天した。
また私の誕生日が近づいたある日「プレゼント、考えたんだけど…斧は?」と聞かれた。
「えっ、斧?」と耳を疑っていると「便利だし武器にもなる」と夫。
アル「まあそうだけど、たぶん使いこなせないし」
夫「大丈夫。俺がいない時に敵が侵入してきたら、奇声を発しながらブンブン振り回せば、どれほどの使い手かわからないので、敵はびびって退散する」
たしかに奇声を発しながら斧をブンブン振り回すのは楽しそう。でも興が乗ってきて、自分の首をはねてしまいそう。
こんなふうに、夫の言動はつねに予想外で面白かった。そして「私は面白ければ、スペックとかどうでもよかったんだ」と気づいた。