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好きな彼とこんなことが起こればいいのに、と考えるいろいろなことは、あのころなにひとつ起こらなかった。
彼は突然下の名前で呼んできたりしなかったし、憧れの不意打ちキスもなかった。逆にわたしも頭の中のわたしとは似ても似つかなかった。かわいいことをサラリと言ってのけて、上目遣いで微笑むようなことはできなかった。
でもあのころ起きた現実は、頭の中の出来事よりずっと煌めいていた。もっとも、当時はそんな風には思えなかったけれど。
たとえば部活中にちらりと目があったせいで仲間が投げたボールをキャッチし損ねて恥ずかしい思いをしたり、互いのロッカーにこっそりと手紙を忍ばせていたことが同級生にバレたり、Tシャツの裾を引っ張ろうとして失敗して彼が立ち止まったことに気づかずぶつかって笑われたり。
まさか、の展開はそのときには“混乱”と“困惑”そのもので思い出すのも嫌なくらいに恥ずかし。
でも、今振り返るとどうだろう? 思わず目を細めてしまうほどに、眩しい思い出と化している。
当時は恥ずかしくて言えなかったことが大人になってしみじみと「美しかったな」と思えるのは、時間という魔法のせいかもしれない。「美化してしまう」という意味ではない。時間が経たなければ、過去のことは本当には見えてこないのだ。
「あの頃は良かったのに」そんな風につぶやくような大人にはならない。あの頃が素晴らしかったのはたしかだが、それらは時間によってより煌めくような仕組みにきっとなっているのだから。
過ぎた10代を楽しめるのは、年を重ねた特権なのかもしれない。
Text/さえりさん
次回は <「私が欲しいのはモノじゃなくて…」/紛れもなく10代だった vol.4>です。
「プレゼント」―それは、あげる人のことを想いながら選んだかけがえのないモノ。さらに、好きな人からのプレゼントなら詰まっている想いの大きさは…今回は、プレゼントを送る/貰うシーズンが近づいてきたこの時期だからこそ読んで頂きたい、さえりさんのショートストーリーです。
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