不機嫌な恋人とご機嫌なわたし
こういう家庭の有様は、後の恋愛にも少なからず影響を与えるようです。家庭とはそういうものだと思っていたので、大人になって恋人になった相手が始終不機嫌なことにも、さして疑問に感じず、そういうものだと受け入れていました。一方で大人になったわたしは、自分で金を稼ぎ、その金で自分の行きたいところに行くことが出来て、したいことが出来ることに、始終ご機嫌でした。そう、いくら機嫌が悪くとも、その根本の原因が解消さえすれば、機嫌は直るのです。
そうはいっても、正直なところ、恋人付き合いしている男性がいつも不機嫌なことは、憂鬱でした。機嫌を直してもらいたくて、食事を作ったり一緒の趣味を楽しんだりと、それなりの努力はしたものの、彼の不機嫌が根本から解決することはありませんでした。当たり前です。彼の不機嫌の根本は「好きでもない仕事をしていて、身体がつらい」というところにあったので、転職を成功させるか、彼自身が折り合いをつけるしか、直す方法なんてないのです。
常に不機嫌であると、周囲だけでもなく、本人も困ることがあります。それは、いつもとは別の理由で特別に怒っていてもわかりにくいということです。うっかり不用意な発言をしたとか、行動がお気に召さなかったとかで、わたしに対して、ムッと腹を立てても、こちらからするとまるでいつも通りの不機嫌様なので、気が付くわけもない。「不機嫌な人」というレッテルを張られることで、本当の怒りが目に見えにくくなってしまう。
「いつものこと」として、さして気に掛けることもなく、気が付かないわたしに彼はますますイライラを募らせる。まさに「私がなんで怒ってるかわかる?」です。けれど、クイズを出したところで「いやらしく疑問形にせずにダイレクトに言えばいいじゃん!」とわたしがぎゃーぎゃと騒ぐことがわかっていたのか、彼は断定系で言いました。「俺、実はずっと怒っているんだよね」と。
「えっ、なんで?」と青天の霹靂とばかりに聞き返すと、そのきょとんとした態度に、彼はさらに機嫌を損ねたようでした。そうして「なんでも仕事っていえば許されると思っているのか」「飲み会も仕事、男ときゃーきゃーと楽しそうにするのも仕事、お前にとって仕事ってなんだんだ」「仕事だからって朝帰りってなんなんだ」などのダメ出しをダダダダダッとされました。
ようするに、ただでさえ不機嫌な彼を、その時にますます不機嫌にしていた怒りの原因は、わたしの興味が彼以外に向いていたことです。けれども、その彼の希望を叶えようとすると、今度はわたしの機嫌が悪くなることはわかっています。彼の気持ちもわかるけど、優先すべきは、自分が機嫌よくいること――だと今ではわかるのです。当時は話し合いで解決できると考えて、その結果、別れ際はドロドロになってしまいましたが。