「若い女」という記号だけで…
というのも、当時、わたしは近所の蕎麦屋でバイトをしていたのですが、時給は750円。
しかも、両親から「勉強に差し障りが出ないように」という理由で、土日のみ働くことを許されていたのですが、それではひと月に稼げるバイト代などたかが知れている上に、遊ぶ時間がない。
遊ぶお金を稼ぐためにバイトしているのに、バイトをしていると遊ぶ時間がなくなってしまうことが、悩みの種だったわたしにとって、まさに渡りに船と言えました。
なので、その場で登録し、ツーショットダイヤルのサクラ嬢となりました。
が、このバイト、自分にものすごく向いていないということに、すぐに気が付きます。
というのも、わたしの声は低くてドスが利いていて、まるっきり可愛くない。
蓮っ葉なしゃべり方がそれに輪を掛けて、何を話していても、とにかく生意気に聞こえてしまうのです。
けれど、相手を楽しませようが、嫌な気分にさせようが、一時間話せば1200円貰えるわけで、だから「気に入られよう」という努力をする気もなかった。
電話の向こうの相手を人間扱いしていなかったし、人間扱いしていないことに少しの疑問も抱いていませんでした。
名前も顔も、知らないくせに、声だけのわたしに欲情する男を馬鹿にして蔑んでいたのです……いや、ちょっと違う。
むしろ、わたしのことなんてろくに知らない男が、わたしの“若い女”という記号に欲情していることに傷つき、八つ当たりで、人間扱いしないことで、その憂さを晴らしていたのです。
いま思えば、仕事で稼いだ金で癒しを求めて、スケベな素人女性が集まるというツーショットダイヤルに掛けていたのに、つながったのは「お金を貰ってるんだから、せめて楽しませよう」といったプロ意識もない、性質の悪いサクラだったというのは、気の毒だったなぁと思います。