恋に狂っていても、絶対に手放せないもの

「短いスカートを履くな」と言われて、丈の長いスカートを履くようになったり、「ヒールを履け」と言われて無理して踵の高い靴を履いたり、「短い髪が好きだ」と言われて髪の毛を切ったり、「男友達と連絡を取り合うな」と言われて携帯の住所録を消去したり……

 付き合う相手に何かを求めることは必ずしも「悪いこと」というわけではないですし、それに応えたいというのも、愛情の表現であったりするわけで、問題は「自分でどこにラインを引くか」ということだとも思うのですが、
さて、四十年近くも生きていれば、そんな“追剥ぎ男子”と付き合うことで、様々なものを失った女性を数々見てきましたし、時に、自分も多くのものを失ってきました。

 趣味のグッズ、好きな格好をすること、ひとりで旅をすること、貯金、男友達、女友達、家族……
「愛する男のためだった」といっても、恋から醒めた今から思えば、自分の大切なものをみすみす手放したことは、悔しく腹立たしく恥ずかしい過去です。

 けれども、一方で、どんなに恋に狂っていても、絶対に手放せないものはなかったですか?
わたしにとっては、それは『夢』でした。
けれど、その「最後まで捨てられないもの」こそを自分のために捨てて欲しいと望む人もいる。
そりゃそうですよね、相手が自分の要求に従うことで、愛情を確認をする人は、相手の一番大切にしているものを捨てさせてこそ、最上級の愛情を得た、として満足できるわけですから。

 さて、わたしの『夢』を具体的に言うと、『仕事』です。
『好きな仕事』をして生きていくことが、人生の最も大切な目標でした。

 そして、『夢』は、わたしの手のひらの中にあった。
そんなわたしに、とある“追剥ぎ男子”に言ったのは、「君が『仕事が好き』『仕事楽しい』『仕事しないと』と言う度に、いちいち、『お前なんか仕事以下』『お前といるより仕事をしているほうが楽しい』『お前と過ごすより仕事が優先』と言われてるみたいで、傷つく」いう言葉でした。

 その言葉を聞いた時、彼の愛情の渇望を気の毒に思い、また、「人の『夢』を、奪うことが、この人の『夢』だなんて」とうんざりとした気持ちが沸きました。
この言葉がきっかけで、「ここまで求める人は無理」と、ようやくわたしはその彼の求めに応じることから、決別する決意がつきました。
もっと早く決断していれば、と思う反面、決断が出来なかったのは、やっぱりその彼が好きだったからです。
ホントに恋って、正気を失わせるものですね……。