イケメン8太郎が奉仕する、存在しない「女」/長井短

オリジナルって5文字のデッカいタトゥーを背骨に彫りたい。そのくらい私は、オリジナルであること、オリジナルに扱われることに強いこだわりがあるんだけど意味、伝わってる? もう少し具体的な言葉で言うならば「女性はこういうので喜ぶだろう」という予想の元に向けられる行動に強い反発を持ってしまう。だから頭を撫でてくる男性に引いたし、背の高い男性が満足げに私を見下ろす視線に耐えられなかった。私がほしいのはそれじゃない。輝くダイヤの指輪なんていらないから、世界中のガチャガチャの中から私の求めるおもちゃの指輪を見つけてきてよ。そんな風に生きてきた。

自分が何を素敵と思うかは大体わかってきて、それに納得もしている。けど、でも。時々ふと思うのだ。なんで私は、みんなが「いいね!」と思えるものを「いいね!」と思えないんだろう。どうして求めるものがずれてるんだろう。もっとみんなと同じだったら、きっといろんなことが楽だったはずだ。世間が「これには価値があります」と騒ぎ立てるあれこれに、もっと従順でいれたらよかったのに。

こういうのが好きなんでしょ?

8太郎さんは所謂「モテそうな男性」だった。背が高く端正な顔立ちと、社会的成功に裏打ちされた大人の余裕。第一印象は「男の中の男みたい」(ピースを折るハンドサインを添えて)。実際8太郎さんは男の中の男だったんだと思う。彼は世間一般の物差しで測れば優しかったし、良い人だった。だから私は好きじゃなかった。ひと目見た瞬間に「苦手なタイプだ」と悟った。その予想は悲しいことにしっかり当たる。開口一番の雑談は「背高いね〜自分より大きい人見つけるの難しいんじゃない?」だった。

で、で、出〜!!秒でシャッターは閉じる。てか何? なんで私が、自分より背が高い人を探してる前提なの? あ、そっか。女ってそういうものだものね。そうなんです、私女だから、自分より背の高い殿方を探しているんですいついかなる時も血眼になってって、んなわけはねーんだよ? サバンナじゃねーんだよ? どう返事をすればいいかわからない。でも何か言わなきゃと焦った私は吐息と共に「…earth」と言っていた。地球。

その後も8太郎さんは、私が一人でできることを沢山手伝ってくれる。それらは全て、思いやりなんだと頭ではわかっている。でも、心は納得がいかない。できるのになんで? 赤ちゃんだと思われてるの? そうやって悶々としているうちに、あぁそうか、これはオリジナルの優しさじゃないんだ。だから私には、優しさとして届かないんだと気づいた。

我ながら、わがままだなあと思う。よっぽど親しい間柄じゃない限り、オリジナルを考えて接するのは難しい。私だってそれくらいわかってる。でも、じゃあ何もいらないよ。あなたが「優しくしたな」って実感を得るために、私に関わろうとしないでよ。もうほっといてよ。私は一人で立っていられるし、階段を降りることだってできる。ドアだって自分で開けられる。だからほっといて。ほっとかれた方が「優しい」って感じるからむしろ。そんなこと言えるはずもなかった。私はただ「あぁす」「アース」「earth」と愛想笑いを続けるだけ。その反応を、8太郎さんはハニカミだと思ったんだろう。

「俺といると、自分も女だって感じるでしょ?」

衝撃的な一言だった。あまりのことで、ついに私は「earth」すらも言えなかった。こいつは何を言ってるんだ? どう生きてきたら、そんな言葉を思いつくんだ? 言われた帰りの電車の中で私は、ノートにその言葉を書き続けた。どうにかして理解しないと、自分なりの考察を持たないと、気持ち悪すぎて無理だった。もう随分前の出来事だけど、こうやって思い返してみるとやっぱマジでキモいな。結局、理解も考察もできなくて、涙を溜めながら夜道を歩いた。夜風で涙を乾かす時間、あの時間は確かに私、自分を「女だ」って感じましたよ皮肉なもんで。