そして私たちは適当な居酒屋に出かける。二人きりで会うのは初めてだった。それに、今まで何度も会ってきたけど、まともな会話をした記憶が一切ない。四太郎さんはとても静かな人だから飲み会中もあまり口数は多くなかったし、私は私でぶっきらぼうな「好きだ」しか言わなかったから。

「四太郎さんは休みの日何してるんですか?」

「寝てるかな」

「あぁ」

「趣味とかないんですか?」

「うーん」

「‥まぁ難しいですよね趣味って」

この地獄、お分かり頂けるだろうか…まともなコミュニケーションを取らずにきた相手といざ二人きりになると、こういう事が起きる。私は、ただ自分の快楽のためにしか四太郎さんのことを見ていなかった。例えばヤりたいだけの相手とも、こういう時間は生まれるのかもしれない。だけど、私のそれはもっと悪質だった。四太郎さんの心にも、身体にも、私は大して興味がなかったのだ。なんかちょっとかっこいいなとか、素敵だなとは思っていたけど、そんな気持ちは些細なもので、私はそれよりも、大衆の面前で誰かのことを「好きだ」と打ち明ける自分が好きなだけだった。だからいざ、四太郎さんと二人きりになると、別に言いたい事がないのだ。ここで今、好きだと口にしたところで、誰も盛り上がらない。もしかしたら、四太郎さんは盛り上がってくれるかもしれないけど、いや盛り上がらないですね。自分のやってきたことが、暴力だと気づいた途端、私は完全に身動きが取れなくなる。事実を受け入れられなくなる。だから必死に、自分の中にあるはずの、何度も口にしてきたはずの「好き」を探した。もっと一緒に過ごせばその気持ちを取り戻せるんじゃないかと思って、お店を出た後フラフラと数時間二人で歩いてみたりもした。だけど、彼から手を繋がれることはない。帰りたいと言われることもない。「何もしない」ということが、きっと四太郎さんなりのNOだったんだろう。そうやって私の目を覚まそうとしてくれたのかもしれなくて、四太郎さんは良い人だ。これ以上ないくらいに。

他人を振り回してでも、自分のありたいようにいる女性を、時として私たちは「ファム・ファタール」と呼ぶ。この言葉のなんと甘美なことか。だけど、私は今ファム・ファタールが嫌いだ。というか、ファム・ファタールに憧れる人間が嫌いだ。かつての私がきっとそうだったから。自分の欲望のために、他人を蔑ろにすることが間違っているのは言うまでもない。それに、他人を使わないと魅力的でいられないなんてのは、その程度の人間なのだ。誰かがファム・ファタールになるために、傷つけられたり使われたりした全ての人に、真っ当な幸せが訪れているといいなと思う。最低だった私に、祈る資格はないかもしれないけど。四太郎さんは今、結婚して幸せに暮らしているらしいと風の噂で聞いた。間違っている私のことを、徹底的に無視し続けてくれたあなたのことを、私は一生無視して生きていくつもりです。「お元気で」すら言わないくらいに。

TEXT/長井短