プリンセス元カノ
気付いたら、一太郎と私はポケモンをやっていた。寝そべってDSをかちゃかちゃやる一太郎の背中に、私は横たわっていて、彼のつむじごしにポケモンを見つめている。完全にタイミングを逃した。何も知らない一太郎は「なんでチコリータは野生で出ないんだよ〜」とか何とか言っていて、私は相槌を自動音声でお送りしている。
突然、一太郎が大きな声を出した時は盗み見たのがバレたのかと思ったけど、トゲピーの真似をしていただけだった。
「トゲェ!」「トゲトゲェ!」「トゲ?」部屋に響き渡るトゲェ。いつもなら「トゲェ!」と返したり「馬鹿じゃないの」って笑ったりするはずなのに、いつまで経っても反応が薄い私に、一太郎はだんだん不安になったようだった。
「なんかあった?」
首が千切れそうなほどひねって、なんとか私の目を見ながら一太郎が言う。どうしよう。今か。言うなら今しかない。満を辞して、私は自分の言葉で喋る。
「誰か救うの?」
間違えた〜〜!!文面のダサさを根に持ちすぎて、全然セオリー通りの爆弾を投下できなかった。
「え?ポケモンってそんなやつだっけ?」
「違う。ポケモンじゃなくて、一太郎が」
「え?」
「一太郎地元で誰か救うの」
「ごめん何の話?」
「携帯見ちゃった」
会話は止まって、部屋には元気なポケモンの音楽だけが流れている。フリーズした一太郎は数秒の間の後、あ! と大きく目を見開いた。ガバリと起き上がったせい一太郎の背中から落ちた私はそのまま重力に身を任せて、床に寝そべった。
「見た?」
「見た。誰?」
「地元の元カノ」
「出た〜」
「いやほんとに」と言いながら一太郎はベッドに正座して、私も何となく体を起こす。
「全然会ってないんだけど、なんか急に連絡きて、ちょっと鬱っぽいみたいで。励ましたけど全然変なアレじゃないし、一応ケアしとかないとと思って言ったけど全然そういうんじゃないんだよ」
これは私たちの言葉じゃない
一太郎はすごく焦っていて、私が携帯を見た罪には気づかないみたいだった。変なの。慌てて捲し立てる一太郎の背後で、ポケモンがエンカウントした時のBGMが流れて、いよいよ私は耐えられない。何だこのクソコメディ。思ってたのと違う。怒鳴り怒鳴られ怒涛のラブロマンスを期待してたのに!さっきまでの「トゲェ!」も脳内再生されてしまって、あぁ無理限界。吹き出しちゃって笑いが止まらない。
「ごめん、本当はそんなに怒ってないの」
そう言って、一太郎に思ってるほどショックを受けていないことを伝える。むしろ焦らせてごめんと謝る。念の為「信じてるから大丈夫」って歯の浮くセリフも言ってみたけど、やっぱり私の口には馴染まなくって「今のなし!なしじゃないけど!」なんて照れ隠しをしてしまった。ホッとしたのか、一太郎も姿勢を崩して笑い始める。
「でもさ、ってことは、俺がトゲトゲ言ってる時ずっと不安だったってことでしょ?てか俺は何も知らずに一人で馬鹿みたいにポケモンやってたんじゃん!めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!すぐ言ってよ!見たなら!」
私の罪はほとんどなかったことになったらしい。ごめんごめんと笑う私の手を取って、一太郎は真剣な眼差しでこう言った。
「地元に帰っても会わないし、不安だったら一緒に帰ろう」
感動する局面があるとしたら、多分この瞬間だろう。友達に話すのもここがハイライト。良い彼氏だな、と、頭の後ろの方で感じる。でも、私の心はちっとも動かなかった。フィクションみたいな誠実さを堂々と掲げられる一太郎の美しさには現実味がなくて、無理して恋愛してるみたいだ。怒っていいのに。なんでそんなにいい奴なの?それは本当の一太郎なの?だとしたら。これは、私の恋愛じゃない。そんなに真剣じゃなくて大丈夫だから、さっきみたいにトゲトゲ言ってよ。
浮気が発覚したわけでも、怒られたわけでもないのに、それから私は一太郎とどう接すればいいかわからなくなる。一太郎が物語の登場人物みたいに見えてしまう。「恋愛ってこういう感じでしょ?」っていう幻想の中に、彼を追いやってしまったのだ。勝手すぎる話だ。一太郎は何も悪くない。借り物の恋愛をした結果、迷子になってしまった私はその後ちゃっかり浮気をして、一太郎に携帯を見られる。因果応報。ドラマみたいに悲しむ一太郎を見ても、ドラマみたいに謝ることはできなくて、ベッドに横たわったまま「してないよ〜」と笑った。
「せめて起き上がって言えよ」と笑いながら別れを告げる一太郎は優しくて、楽しくて、そもそもあの時「みんなやってるから」なんて理由で彼の携帯を見ていなかったらどうなっていただろうと考えるけれど、そんな未来はない。起きたことは起きて、起きていないことは起きていないのだ。
Text/長井短
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