• special
  • 2012.10.25

『オラオラ女子論』で“フツウ”からの脱却を目指せ!(3)

“女子力”という名の強迫観念に押しつぶされていませんか?

オラオラ女子論 蜷川実花 祥伝社
by Marcelle Lucena

 蜷川実花さんといえば、色鮮やかな花や金魚をモチーフにしたガーリーな世界観が特徴の写真家。
その作品はさまざまな場所でファッションアイコンとして使われ、女性から絶大な支持を集めています。 近年では、映画『ヘルタースケルター』や、AKB48『ヘビーローテーション』のPVなど、映像監督としても活躍の場を広げました。

 そんな彼女、実はバツ3で子持ちのシングルマザー。
今年で40歳を迎え、写真家として、女として、母としてさらに精力的に活動する彼女が、仕事、恋愛、子育てなどに関する持論を語ったエッセイ集が『オラオラ女子論』です。

「人生の大きなメインテーマは“いつまで現役女子でいけるのか”」だという実花さん。 本書ではのっけから「キレイにしないのは女として怠慢」だと言い切ります。

「せっかく女に生まれたんだから、女の部分でも勝負しないと」 「女だから出来ないこともあるけど、それを嘆くより女だから出来ることを考えたい」 「女であることを諦めた瞬間に女は終わります。ポイントは諦めないこと」 ……などなど、女性誌が喜びそうなフレーズが盛りだくさん。

 でも、“フツウでいいじゃん?”と思っている女性からすると、彼女のような生き方は少し息苦しく感じるのも事実です。
最近では“オトナかわいい”“美魔女”など、40代、50代になっても“女を下りる”ことを許されない風潮が世間に蔓延。
旧来の古くさい“女らしさ”を“女子力”と巧妙に言い換えただけの“女子力礼賛”ムードが強迫観念のようにまかり通っています。

「仕事と子育てはともかく、女性の部分までなぜちゃんと両立できているかというと、血反吐が出るほど努力しているから」

こうした実花さんの言い方は、ただでさえ負担の大きい女性の社会進出にさらなるハードルを課し、“それができない人は努力不足”という余計な重圧を生む危険も否定できません。

 しかし、今回はあえてこの本を、“フツウ”の恋愛を脱却するための「脱!フツウ」推薦課題図書として、みなさんにご紹介したいと思います。

最大公約数は狙わない! 蜷川実花も実はニッチな市場を狙っている!?

 もちろん、実花さんが本書の中で目指している“女子”とは、決して“男に欲情される女になる”ということではありません。
彼女のリードするファッションやトレンドが、男性よりもむしろ女性に支持されていることからもそれは明らかです。

 「絶対に媚は売らない。だって媚びてるのって格好悪いじゃん」という彼女は、むしろ王道モテの猛禽にはなりたくないタイプ。
男子ウケする服装を研究した結果、「やってらんねーよ、こんなダサい格好!」という結論に達したと言います(笑)。
「自意識が過剰すぎて、小悪魔的なワザは恥ずかしくて全然出来ない」という意味では、彼女もある意味で“邪道モテ”の人なのです。

 その証拠に彼女は、男子ウケという観点では本来0点であるはずの「金髪」をトレードマークにしています。
「子持ちだし、バツ3だし、蜷川実花だし、父は蜷川幸雄だし、経済力もネームバリューもある。モテるという角度から見たらそもそものマイナスポイントが多すぎる」とハッキリ自己分析をしている彼女は、“自分が最大公約数のモテを狙っても全然響かない”ことを自覚しています。
その結果、「私を受け入れてくれる人の市場では金髪が正解」という結論を導き出すのです。

「ないものをねだるより強いところを伸ばそう」
これってつまり、“自分のモテる漁場を自覚する”というテクニックそのものですよね。
“フツウ”とは、最大公約数の男ウケを目指すことにあらず!
真の女子力は、“なりたい自分を自覚して、そこに近付く”ことなのだと、実花さんは教えてくれているのです。

“世界の蜷川”が育てた!? 「男を立てる」「女として立つ」処世術

オラオラ女子論 蜷川実花 祥伝社
©Nurture By rickyqi

 本書のもうひとつのポイントは、実花さんが自分の中のオンナに振り回されるのではなく、うまいこと“オンナを利用している”こと。

「自分で出来ることが増えるし、相手が頼ってもらって嫌じゃないなら、男子に頼れるところは頼ったほうがいい」
「男の人に対しては、全てにおいてベースはかわいらしくという姿勢でいる」
と語り、それが写真家として男性の被写体の魅力を引き出すうえでもプラスに作用しているのだとか。

 だからといって、そこに男性に依存するような態度や、女性としてのコンプレックスが一切感じられないのが彼女のすごいところです。
その秘密は、彼女の家庭環境にあると思われます。

 実花さんの父親は、世界に名だたる演出家・蜷川幸雄。
しかし、彼女が小さい頃はまだまだ無名で、稼ぎも母親のほうが上だったとか。
それでも母は、娘の前でいつも父親のことを立て、尊敬する姿を見せていたそうです。
そのせいで、「男の人は立てるものだという考えが無意識のうちに染みついている」と言います。

 その一方で、外で働く母親に代わって面倒を見ていた幸雄さんから、徹底して男女平等を叩きこまれたという実花さん。
その教えとは、「いつでも男を捨てられる女であれ」「経済的にも精神的にも自立せよ」「出来るだけたくさんの男と付き合え」「男にだまされるな、だませ」「自分が正しいと思ったら、何が何でも突き進め」など、とても先進的なもの。

 この英才教育が、現在の実花さんのアイデンティティを形成していることは間違いないでしょう。

“フツウ”以上に努力しないと“フツウ”の幸せは手に入らない!

 本書のタイトルにある“オラオラ”とは、決して「男勝りに生きろ」「肉食系の恋愛をしろ」「恋も仕事も子育ても全部力を抜くな」という意味ではありません。

「みんな全部手に入れているかというと、そんなこと全然なくて、自分の今の状況をいかに愛せるかっていうだけ」
「今はこの状況が幸福だなって思っているから幸福に見えるだけで、裏側から見てみると出来なかったことが同じくらいの量ある」

 ここだけ読むと、実花さんもまた、“フツウ”の現状を愛することで満足度を下げる「現状維持女」のように見えます。
しかし本書をよく読むと、彼女は求めている“フツウ”のハードルが、人よりもずば抜けて高いだけなのだとわかるでしょう。

 男目線の評価に依存して生きるのではなく、自分の価値観や理想にしたがって“女であること”を主体的に楽しんで生きること。
それこそが、彼女にとっての当たり前であり、“フツウ”の幸せなのです。

 しかしそのためには、経済的にも精神的にも男から自立しなければいけません。
“マンションを買えば、愛だけで男が選べる”というのは、かつて女性誌『FRaU』が掲げた名コピーですが、いまや“フツウ”の恋愛とは、“フツウ”以上に努力しなければ手に入らないものなのかもしれません。

 “フツウでいいじゃん!”と思っている限り、あなたには“フツウ”以下に甘んじる現状しか待っていないでしょう。

蜷川実花さんの“オラオラ”な生き方を参考に、あなたも「脱!フツウ」の重い腰を上げてみませんか?

オラオラ女子論 蜷川実花 祥伝社

書名:『オラオラ女子論』
著者:蜷川実花
発行:祥伝社

Text/Fukusuke Fukuda

関連キーワード

ライタープロフィール

福田フクスケ
フリーライター。“くすぶり男子”の視点から恋愛やジェンダー、セックスなどを考察。

今月の特集

AMのこぼれ話