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  • 2016.07.26

「頭の中で思い描く理想と現実」/紛れもなく10代だった vol.3 さえりさん

蒸し暑さが残る夏の夕暮れ…貴女は何を想像しますか?浴衣や露店や金魚すくい…そこには淡くて胸が締め付けられるような“恋”があったり。純粋な気持ちを、揺れる気持ちを、さえりさんが紡ぐストーリーで思い出してみませんか?夏の夕方に必読のAMの連載です。

紛れもなく10代だった さえりさん
©Daa Nell

「今度お祭りいこーよ。男子も誘おう。イケダとかイワサキとか」

 と、ユキエが提案したとき、マチの胸は飛び上がった。お祭り、と、イケダくん。

 イケダくんとはつい2週間前くらいに「おれら付き合う?」とメールがきて、数分鼓動が指先まで伝わって頭が真っ白になったあとに「うん」というか「うれしい」というかなんて言うのが一番かわいく聞こえるかを迷って、「よろしくお願いしますっっ」と返信したものの、その後一度も二人では会っていない。

 イケダくんのクラス前を通るときに髪の毛をサッと手ぐしで通し、何気なく教室を見てイケダくんが窓際の友達に向かって話しかける後ろ姿を確認して視線をサッと戻したり、廊下ですれ違う瞬間にちらりと視線をあげ目を合わせたりする程度しかマチにはできなかった。

 それでも1日が終わると急いでベッドの上の携帯に飛びつき(マチの学校は携帯を持ってきてはいけないルールだ)、「ただいま〜。今日もイケダくん見たよっ」と、打っては消し打っては消し、できるだけ可愛く見える文面を探し出してメールを送るような日々だった。

 そのイケダくんと、お祭り。

「浴衣着よう!」というユキエの素晴らしい提案をのんで、当日お母さんに着付けをしてもらったマチは、夜空のような紺の上に赤や青のアサガオが浮かび上がる浴衣に身をつつんでむわりと蒸し暑い商店街へと歩みを進める。

 今日は、どうやってイケダくんに話しかけよう。何が起こるだろう。まさか帰り道でキスしたりして。な、わけないか。え、でもそうだったら? ……まずはみんなの姿が見えたら、胸のあたりで小さく手を振ろう。片手がかわいい? それとも両手?

「おー、こっちこっち」

 遠くから声がかかり、思わず顔の前で大きく手を振ってしまった。しまった、失敗。今シュミレーションしてたのに。

 合流してすぐにマチにだけ聞こえる小さな声で「かわいいね」と言ってくれるイケダくんを何度も思い描きながら、できるだけ小動物のような走り方を心掛けたけれど「女子の浴衣って大変そー」とイワサキくんが声を漏らしただけで、イケダくんはちらりとマチをみて少し微笑んだあとは何も言ってくれなかった。

 昨晩うすいタオルケットをお腹のあたりにかけ暗くなった天井を見ながら今日のことを散々思い描いた。頭の中のわたしとイケダくんは、とびきり甘かった。なのに今、マチはユキエと腕を組んで、イワサキくんとイケダくんよりも前を、ズンズン歩いている。

 いつもこうだ、とマチは思う。頭の中では何もかもがうまくいく。もっとわたしはかわいいし、ちょっと大胆だし、イケダくんはもっと積極的で、人ごみでこっそり手をつないできたりする。頭の中では。

 無論ひとつも起こらなかった。面白いくらいに、なにもなかった。

なんでこんなときだけ気がつくの

 そろそろ休憩でもしようと、みんなで屋台で買ったラムネ……ではなく、立ち寄ったセブンで買ったコーラを開け飲もうとしたとき、おじさんがぐらりとぶつかってきた。腕がぎゅんと揺れ、夜空色の浴衣にコーラが飛び散る。

 おじさんは謝りもせずコンビニに入っていき、同時に忌まわしい呪いがしみ込むように最後の泡がはじけて太ももあたりにシミができた。ユキエはイワサキくんに一生懸命何かを語っていてこちらには気付かず、同時に遠くで子供がギャアと泣き出す声がした。

 アサガオの上に落ちたコーラのシミを見ていたら、アサガオとシミがぼんやり滲んで濁って混ざって、泣きそうなのだと気付いた。こんなところで泣いちゃ困る。ジッと下を向いて涙の波が引くのを待つ。紺色だし、誰にも気づかれないかも。うん、大丈夫大丈夫、と顔を上げた途端いつのまにかマチの目の前にしゃがみこんでいたイケダくんが心配そうな顔で「シミになっちゃった?」と聞いてきた。

 かぁっと顔があかくなる。

 なんで、こんなときだけ。

 何を言えばいいかわからず、口をほんの少し開けてイケダくんの胸のあたりをみつめていたら、Tシャツに「WONDERFUL WORLD」と印字してるのに初めて気づいた。なんだ、WONDERFUL WORLDって。なにが、ワンダフル、なの。こんなつもりじゃなかった。恥ずかしさと照れ隠しとそれらが強すぎるせいでおこる嫌悪感が振りすぎた炭酸のように勢い良くわきあがる。

「平気だから」

 と冷たく「WONDERFUL WORLD」に言い放ち、走って赤提灯を一気に駆け抜けた。屋台の煙をくぐり抜け、道の端っこでいちゃつくカップルが目に入っても、もう小動物みたいな走り方も意識しなかったし、浴衣がはだけて隙間から足が少し覗いても気にしなかった。涙がスッとこぼれて赤信号が滲み、ほおが冷たくなって、ハアハアと息をつく。帯がきつい。女子の浴衣? 大変だよそりゃ、むしろ、命がけだってば。

 パタと靴の音が聞こえ振り返ると、WONDERFUL WORLD もとい イケダくんが立っていた。さっきからそこにいたような涼しげな顔でちっとも息を切らさず。

「わかんないけど、ごめん」

 イケダくんがスッと近寄ってきて彼の体の向こうにお祭りの人混みが見えて、横で通りすがりのおばちゃんが「それでね」と話題を続ける瞬間、肩をつかまれ遠慮がちに抱きよせられた。二人の体には妙な隙間があって、マチはWONDERFUL WORLDを間近でみた。

 肩を掴む力強い手のひらの大きさに驚いた直後、マチは浴衣のシミのことを思い出し、そのシミがイケダくんに見えませんようにと体を寄せる。それを合図に彼の手がマチの背中と後頭部にするする移動して、ぎゅっと抱きよせられた。その手の位置は、頭の中で描いたのと同じだった。「あ、これ、知ってる」とかすかに思ったけれど、そんなことより頭の中はコーラのシミでいっぱいだった。

 家で帯を解いて締め付けられたお腹と背中がふわりと広がっていくたび、今日の出来事がひとつひとつマチのなかに溜まっていく。

 けれど、ハンガーにだらんとかけられた浴衣のコーラのシミは、マチが思っていたよりもずっとずっと小さかった。

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 好きな彼とこんなことが起こればいいのに、と考えるいろいろなことは、あのころなにひとつ起こらなかった。
 彼は突然下の名前で呼んできたりしなかったし、憧れの不意打ちキスもなかった。逆にわたしも頭の中のわたしとは似ても似つかなかった。かわいいことをサラリと言ってのけて、上目遣いで微笑むようなことはできなかった。

 でもあのころ起きた現実は、頭の中の出来事よりずっと煌めいていた。もっとも、当時はそんな風には思えなかったけれど。

 たとえば部活中にちらりと目があったせいで仲間が投げたボールをキャッチし損ねて恥ずかしい思いをしたり、互いのロッカーにこっそりと手紙を忍ばせていたことが同級生にバレたり、Tシャツの裾を引っ張ろうとして失敗して彼が立ち止まったことに気づかずぶつかって笑われたり。

 まさか、の展開はそのときには“混乱”と“困惑”そのもので思い出すのも嫌なくらいに恥ずかし。
でも、今振り返るとどうだろう? 思わず目を細めてしまうほどに、眩しい思い出と化している。

 当時は恥ずかしくて言えなかったことが大人になってしみじみと「美しかったな」と思えるのは、時間という魔法のせいかもしれない。「美化してしまう」という意味ではない。時間が経たなければ、過去のことは本当には見えてこないのだ。

「あの頃は良かったのに」そんな風につぶやくような大人にはならない。あの頃が素晴らしかったのはたしかだが、それらは時間によってより煌めくような仕組みにきっとなっているのだから。

 過ぎた10代を楽しめるのは、年を重ねた特権なのかもしれない。

Text/さえりさん

次回は <「私が欲しいのはモノじゃなくて…」/紛れもなく10代だった vol.4>です。
「プレゼント」―それは、あげる人のことを想いながら選んだかけがえのないモノ。さらに、好きな人からのプレゼントなら詰まっている想いの大きさは…今回は、プレゼントを送る/貰うシーズンが近づいてきたこの時期だからこそ読んで頂きたい、さえりさんのショートストーリーです。

ライタープロフィール

さえりさん
ライター。何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。

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