愛はカネで買えるのか?
男性が女性にお金を払うシステムに巻き込まれる私たち
――『ロマンス暴風域』の主人公・サトミンは、風俗嬢にお金を払うことで、愛を買えたのでしょうか?
サトミンは……、お金を払ったことを忘れているんです。風俗嬢のせりかさんにお金を払っていることに、目を向けていない。お店にお金を払ってはいるけど、それは“入場料”のようなもので、せりかさんに直接お金を支払っている感覚にはなっていないと思います。お店という形式ゆえに、お金が発生していることを曖昧にできてしまっている。
それに、そもそも男性ってどこかで「女の子と関わるためにお金がかかる」というのが身に沁みついているんだと思うんです。
――というと?
男の人は、性処理のためにはお金がかかると中学生くらいの頃からわかって生きてきていますよね。インターネットで無料で見ることができても、ここから先は有料です、などと書かれているのを見たことはあるでしょうし、一連の流れのどこかでお金が発生するというのは、思考停止レベルで違和感がなくなっているんだと思います。
出会い系アプリや、相席する形式の居酒屋だって、当たり前のように男性だけがお金を支払うシステムになっている。女性と出会うために、性的なことをするために、どこかにお金を払うことに疑問が生じないんです。だから、なんでこの女の子はインターネットで裸になっているんだろう、とか、なぜ風俗嬢をやっているんだろう、とかに頭が回らないくらい自然な状況なんだろうな、と。
――確かに……。
その女の子たちにもお父さんやお母さんがいて、友達がいて、好きな小説やマンガがあって、おばあちゃんやおじいちゃんがいて、色々な葛藤があって生きていて、と思うと、私は心が痛いです。
一方で、作中で婚活をしていたサトミンが、出会った女性に年収のことばかり聞かれるシーンを描きましたが、女性だってそういう、男性にお金を払わせるようなシステムに甘んじているところがあるでしょう? 気づかないうちに、私たちはそういうシステムに巻き込まれてしまっているんですよね。
インタビューを終えて
すごく正直なことを言うと、知り合いの男性が風俗に行ったと言うたびに、内心引いた気持ちになったことが過去に何度もあった。どこかの知らない誰かが風俗に行くのはスルーできても、それが身近な人となると急に気持ちが悪くなる。
このことを表立って人に言ったことはない。「ピュアだ」とか「潔癖すぎる」といった言葉で片付けられるのは本意ではないからである。たとえ潔癖だったとしても、潔癖云々ではないところに本質があるようにも感じていた。
鳥飼さんはインタビューで「こうやって友達として喋っている私とあんたも男と女だけどさ、カネが介在することによってその体を商品として買うんですか?」と男友達に疑問を呈したと言っていた。
友達として話している男女と、風俗嬢と客という男女は、性別だけを見れば地続きのはず。目の前で男性と女性という違った性別として普通に話をしているのに、一方でその同じ男性がどこかの女性をカネで買っている、そのシステムの気味の悪さに私は引いていたのかもしれない。
(取材・文/朝井麻由美)