【大泉りか・官能小説から読み解く、ファムファタールのススメ】
第5回:うかみ綾乃・著『姉の愉悦』(後編)
かつて恋にくるった時、あなたは相手のことを「彼は運命の人」「心の片割れ」「精神の双子」と、思ったことはありませんか?
今回取りあげる、女流官能作家・うかみ綾乃さんの作品『姉の愉悦』は、実の弟に対して、そんな感情を頂いた女性がヒロインです。
三重県志摩の漁師町で暮らす美しき女性、凪。彼女の元へ、司法試験を直前にして、脚を骨折した弟の漣が、幼馴染の義人とともに帰ってきます。
ただの肉親以上の情を持っている漣との生活に喜びを覚え、満悦する凪でしたが、東京から、漣がかつて家庭教師を務めていた女子大生の由香が追いかけてきたことで、事態は急変します。
「これは、義人が脱がせて」
貌のすぐ前に、ブルーのパンティーがあった。両脇の喰い込みから女丘を覆う薄布が、卑猥な膨らみを示している。
潮の香りが濃くなった気がした。
「いいの?」
「馬鹿ね、脱がなきゃセックスできないでしょう」
(中略)
「凪さん……凪さん」
舌をさらに深く挿し入れた。「んっ」と声が上がり、掴んだ腰がヒクンと震えた。頭頂部の指に力が籠もる。凪が反応している。嬉しい。もっと声を聴かせてほしい。
貌ごと動かして舌をくねらせ、秘唇のあわいを上下した。なめらかすぎる粘膜の上を、何度も舌先で往復した。舐めても舐めても新たな蜜液が降りてくる。
「ああ、そこ……」
尿道付近でいったん舌を止めた時、凪があえかにそう漏らした。
「ここなの、凪さん」
なんていやらしい声だ。この女を感じさせているという自信が、義人に万能感を与える。(P122L3-P124L11)
「共にいるべき運命」のはずだった漣。
が、漣には、凪の存在しない別の人生があったのです。
その事実に我慢することができない凪は姦計を画策します。自らに恋心を寄せている男たちを、肉体を使い手玉に取って操り、ある計画を実行するのです。
“普通”の女であれば恋する彼への清純を貫くところ。
が、凪はそんなことは気にせず、漣を手に入れるためだけにすべての尽力を注ぎます。
他の男と寝るのも、すべては漣を自分の隣という正しい場所に置いておくためです。
弟である漣が凪に恋をすることはないでしょう。
いくら凪が漣に恋をしようとも、その思いは叶わないのです。
が、これは姉弟という血のつながりがあるからだけでしょうか。
いくらその姿形が似ていようが、その精神の形がぴったりと合おうが、血が繋がっていてさえしても、所詮は他人。他人を手に入れることはできません。
もしも、相手を手に入れたい、と思うのが恋ならば、例え、姉弟という障害などなくても、その恋は叶うことがないのです。
凪は確かに怖い女です。けれども、少しだけ羨望を持つことも確かです。
かつて、これほどまでにすべてを投げ出してまで、手に入れたいと思った男はいただろうか。
そして、これから先、こんな恋をすることはあるのだろうか、と――。
“痛面白い”と恋人を観察し、元彼女の話を聞きだしてせせら笑う。
そんなわたしにとって、鮮烈な凪は眩しくも見えました。
我を忘れる恋を最後にしたのは、いったい、いつのことでしょう。
本書は、忘れていた情熱を思い出させてくれる『オトナのための恋愛小説』です。
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