ブッダとクソ妻

「もう一人の俺」とは、過去に男の加害によって傷ついた自分である。

子どもの頃から痴漢に遭ってきたこと。大学時代、同級生の男にブスだのデブだの罵られたこと。バイト先の先輩に胸を触られたこと。

会社員時代、取引先のオッサンにキスされたこと。仕事で終電になった帰り道に痴漢に遭ったこと。それで警察に行ったら「こんな時間に夜道を歩いてるから」と警官に言われたこと。
そんな数えきれないほどの傷がまだ癒えていないのだ。

自分が受けた傷だけじゃなく、女友達が彼氏に殴られたり、ストーカーに脅されたり、上司にセクハラを受けたり、もう本当に数えきれない。親しい友人から過去のレイプ被害を打ち明けられたこともある。

その時々に感じた怒りや悔しさや悲しみがマグマのように溜まっていて、刺激を受けると爆発してしまう。
これはトラウマ反応だから、自分でコントロールできないものだ。
災害や事故や事件の被害者が、過去の記憶がフラッシュバックして、恐怖や苦しみがよみがえるのと同じである。

みたいなことを普段なら説明できるが、なんせその瞬間はトラウマ反応によるパニック状態なので、キエエエーッ!!と猿叫しかできない。

その時、夫はゴリラ化した妻を抱きしめて「離婚なんかしない。俺はいつでもキミの味方だろう」と背中を撫でてくれた。
「仲直りしよう。俺たちがケンカしてたら猫も可哀想だ」

「おたく、ブッダさんでっか?」という話である。それに比べて自分はなんちゅうクソ妻や。と申し訳ない気持ちで号泣しながら、泣き疲れて眠りについた。

翌朝、ものすごい圧を感じて目覚めると、腹の上に体重10キロの巨大猫がのっていた。私が元気のない時は添い寝してくれるラーメンマンを抱きしめて、さめざめと泣いた。

夫はもう出勤していて、スマホに「大丈夫? 今日はなるべく早く帰るから」とLINEが届いていた。それを見て「ブッダさん…ほんまにすんまへん…」と後悔して、落ち込んだ。

優しい夫と猫がいる私は幸せだ。それはよーくわかっている。でも今が幸せだからといって、過去の傷が消えるわけじゃない。