ビッグカップルからの“卒婚“という高みからのお別れ発表

ケンカする男女の画像

もう、今さら芸能人の離婚騒動に驚くことなどなくなった、すっかり初老感あるダラ嫁ですが、今週はなかなかのビッグニュースが立て続けに飛び込んで来て体温が0.5度上がりましたね(暖冬わっしょい)。

元貴乃花親方と景子さんの離婚に、ミッチーこと及川光博と檀れいの離婚。どちらも「熟年離婚」と言っても差し支えないほどお互いに成熟した年齢でのお別れ。だから大人のテイでいなきゃいけない、離婚による余計なイメージダウンはしたくない。わかります。
案の定、それぞれの公式発表では、世間様に向けて「円満離婚」であることをまず一番にアピールしていました。
正直、私はこの「円満離婚」という言葉を信じていません。「円満」なのに「離婚」するんだー、ふうーん。なわけ。この2つの対義語をドッキングさせたおやじギャグみたいな違和感に本気で納得する層っているんだろうか。

で、「円満に離婚した」ことを直筆の署名入りの書面でマスコミ各社にご報告したミッチーと檀れいですよ。

「互いが仕事に集中するあまり、時間的にも精神的にもゆとりが持てなくなってしまった(中略)……共に表現者として尊重しあい、笑顔で出した結論です」
ですって。

夫婦の不仲をさりげなく仕事のせいにしておきながら、「表現者」と自称して「一般人にはわかんないかもね、ウチらのこの感じ」と離婚理由の生々しさをボヤかして、最後は「笑顔で出した結論」と着地。ほんとかよ。ほんとにあのミッチーのつるっとした能面顔で笑って別れ話してたら、逆に怖いわよ。

私はさめざめとした気持ちでこの離婚報告レターを眺めていたのですが、唯一、「ゆとり」という言葉だけがやけにリアルに心に刺さりました。この「ゆとり」があるかないかで、愛情の長持ち度は違ってくると私も思います。

愛とは、余裕。
経済的な余裕を重視するか、時間的な余裕を重視するか、価値観は人それぞれでしょうけど、余裕がないとどうしても自分のことばかり考えるようになってしまい、相手のことを慮るのがめんどくなります。
この「相手がめんどい」という気持ちこそ、「愛が冷めた」状態だと思うのです。うん、ゆとり、大事。
ミッチーと檀れいの「円満」お別れコメントには、共感ポイントがあったのが唯一の救いです(大きなお世話か)。