「自分」を獲得するドキュメンタリー
- 水野
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生き方について考える時に「自己肯定感」というフレーズが、内情を検証しないままに使われすぎているのではないか、と思っているんですよね。
この本は単に「結婚」についてだけを取り上げているのではなく「自己の判断」を検証していくドキュメンタリーとしての興味深さ、臨場感がありますよね。
「現象」を細分化して徹底的に一つずつ検証してくという態度に並外れたところがある。
徹底検証された膨大な判断の集積が自己として浮かびあがってくる過程が、そこにある人間としての矛盾や凶気すらも細分化されたインデックスの集積として現れてしまう様は、完全に自分の手に委ねきる快感すらありました。
- 能町
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すごい、そう! ほんとそうです。
この本自体が、「今一番やらなきゃいけないこと何?」と、目の前のことを突き詰めて考えて、これはしよう、これはしないでおこうって、一個一個試していく話でもあるんですよ。モヤっとしたまんまじゃなんにも動けないから、とりあえずいろんなことを試してみてる。
- 水野
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自己肯定に向かう過程で遅かれ早かれ結局のところ「判断」していくしかないって、自分も思います。でも、本来の用途から脱線気味に使われる「自己肯定感」というワードで判断が先延ばしされるというか、アヤフヤにされ過ぎている。
- 能町
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私は抽象より具体がすっごい好きなんです。自己肯定感がほしいって欲望は、抽象のかたまりじゃないですか。
- 水野
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自己肯定だとバイナリー、ゼロかイチかの話なんですけど、そこに「感」がつくことによって、オンオフではないグラデーションの判断になってしまう。そこに自己でないものが絡みついてくる。
- 能町
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そうか。「自己肯定感」だと、肯定か否定かじゃないんだよね。
- 水野
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実用的なのは自己肯定感よりも判断力だと思います。オンとオフの集積。ただそれが放棄されがちなのはなんでだろうと考えると分からない。だからそこを能町さんに聞いてみたいなと思って。
なんでだと思いますか? 明らかにすることに、何かネガティブな感情が働いているってところまでは想像できるんですけど。
- 能町
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人に何かしてほしいんじゃないですか?
自分で何かを決める判断力がなさすぎて、「自己肯定感ほしいんです」って言ったときに、人がどうにかしてくれると思ってるんじゃない?
- 水野
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え? 意外。そんな理由?
- 能町
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それじゃない? 人に言うってことは人から何か働きかけてほしいわけで。
- 水野
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たしかに、人が言うセリフとしてよく聞きますもんね。「自己肯定感がほしい」と。
要するに自分で自分自身を明確に定義づけることへのタブー感覚なのかもしれませんね。社会帰属欲求が「分からないもの」としての自己が表出する過程への生理的嫌悪として現れるのかもしれない。
- 能町
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ほしいって伝えるってことは、その人が何かを働きかけてくれたり、決めてくれると思ってるんじゃないかという説。
- 水野
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ある意味合理的な態度なんですね。
自己肯定感とクソリプは似ている
- 能町
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私たちはこう見えて自分を一番信頼してる感じがあって。
でも、世間には人に判断をゆだねてる人が意外と多いと思う。クソリプとかもそうじゃないかな。
Twitterとかで何か書くとクソリプは来るじゃないですか。でもクソリプの前には私たちのツイートとか書いたものが個体としてあると思うんですよ。リプライって空中に放ってるわけじゃないから。
ってことは、すでにあるものに対しての反射じゃないと自分のことを見られない人なんだなと思って。だから自己肯定感を求めるのとクソリプって近い気がしてるんです。
- 水野
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なるほどー。自分を対象化したい欲求が「自己肯定感」という言葉になってくる。わかりやすい。自己肯定感を上げたい人が何を求めてるのか、すごい謎だったのですが。自分の姿を確認したいだけなんだと思ったらシンプルな欲望ですね。
たしかに、いつの間にか自分自身のことがわからなくなって悩んでる人って多いかもしれないです。でも身近なところから一個ずつ判断していってくださいって言ったところで、判断ってどうやるのかもわからなくなっているのかもしれないですね。
- 能町
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うん、判断すること自体を捨てちゃってるみたいな気もする。
- 水野
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自己判断をせず周囲を取り巻く流れや空気に定義されることで生きていきたい人は、それはそれでいいと思います。
ただ、空気感とか文脈を、角を立てずに鋭敏に読み取る直感を身につけ過ぎてしまったせいで、価値観の多様化に伴って「なんだか最近は、そういう依存的態度もよろしくないとされているようだ」って空気まで読み取ってしまって、それが大いなる骨折り損を生んでいると思うんですよね。
だから、空気感で生きていくなら、フィルターを強化しなきゃいけない。自分にとってよくない空気をあえて読み取らないフィルターを作ってしまった方が適応性が高い。
- 能町
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全部受け止めちゃうと、自己肯定感がほしくなっちゃう。
- 水野
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そうですそうです。万能にはなれないんで。
- 能町
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そうだね。これはいらないってものはちゃんと跳ね返しとかないといけない。
世代は断絶していていい
- 水野
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最後に、今回のトークイベントのテーマである「世代の断絶」の話をすると……世代ごとになんとなく負わされている役割ってあると思っていて。
能町さんたちの世代は自分たちにとって、ひと昔前に強固にあった「強くないといけない、弱い自分を認めたら負け組認定」っていう空気の中で、繊細なことを吐露していい、表現していいと言ってくださった世代。
それは簡単そうに見えて本当にエポックメーキングな出来事で。だから自分たちの世代は各々にとっての決して交わることのない真実というものが、決して交わることのない平行線のまま当然のように共存していたい。そういったネオスタンダードを実現させたいと考えています。
- 能町
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私は、世代でいうと10個くらい下の人たちが、この本を読んだときに「別になんの新鮮味もないんだけど」ぐらいに思ってくれてよくて。
私はいろいろなことを試した結果、「恋愛を介さない結婚生活」に至ったけど、本にも書いたように、今の30歳くらいの世代には「彼氏はいるんだけど別の男友達と家族ぐるみで仲良い」とか、あいまいな名前を付けない関係を当たり前に作れている人たちがいる。
私ぐらいの世代だと、テレビに出るなら、例えばオネエキャラとか、なんとかキャラみたいな箱に一回入らないといけなかった。でも、今は、何の箱にも入らないままテレビに出てやってる人が増えていて、すごいいいなと思う。その世代に期待してます。
『結婚の奴』
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TEXT/AM編集部
Photo/服部真拓
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