恋愛のない世界で、恋愛に溺れる人を肯定する/ ヤチナツ『もしも世界に「レンアイ」がなかったら』書評

恋愛感情のない世界

30代に入ってから、恋愛と縁のない生活をしている。

かつては自分のすべてだと思っていた恋愛も、距離を置いてみると、氾濫と呼んでもいいほどに過剰に映る。恋愛に脳みそを巣食われていた私のような人間が大多数を占める世界は、恋愛感情を持たない人にとっては生きづらいだろうなとも思うようになった。

それでは、恋愛感情を持たない人が大多数になった世界は一体どんな風になるのだろうか。そんな世界を描いたのが『もしも世界に「レンアイ」がなかったら』である。

同書は、タイトルの通り、大多数の人が恋愛しない世界を描いたマンガ作品だ。いろんな人とセックスすることが常識の世の中では、子どももみんなで協力して育て、男女の嫉妬もなく仲良く平和に暮らしている。特定の人を選んで思い合う人は「レンアイ」と呼ばれ、「争いの元」になる「怖い人」として認知されている。主人公・乙葉も、先輩である太一さんに密かに恋愛感情を抱いていた。

家族や友人にも自分の気持ちを打ち明けられずに過ごす乙葉だったが、ある日気になるカフェを見つけて、そこで「レンアイ」の仲間たちに出会う。太一さんとの距離も徐々に縮まり始め、前途洋々と思われたが、その先には自身がレンアイであることによる困難が待ち受けていた――。

恋愛がない世界と言えば、恋愛もセックスもない世界を描いた、村田沙耶香の『消滅世界』(河出書房新社)を真っ先に思い出す。主人公の感情は淡々としていて世界との間に隔たりが感じられる。また、描かれる世界もディストピア的だ。

しかし、本作はなんというか、全体的に明るい。設定こそ「ふつう」ではないが、虚構の世界に親しみが感じられるのだ。

たとえば、第1話の冒頭にはセックスした直後の男女の描写から始まる。ふたりの間には恋愛感情はないものの、「楽しかったーー!またしよーね!」とノリノリで、数コマ後にはたまたま出くわした知人を含めた4人でセックスする約束までしている。複雑な感情を抱かずにセックスを純粋に楽しめるなんて、正直、めちゃくちゃ羨ましい。(セックスをしない/したくない人はかなり肩身が狭そうだが……)レンアイのない世界、悪くないのではないかという気さえしてくる。