世の中の正解に左右されない。スタイルを持つという到達点/雨宮まみ×青野賢一対談(3)

今回は、映画『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』の公開にあわせて下北沢B&Bで行われた、BEAMSクリエイティブディレクター・青野賢一さん×『東京を生きる』を執筆されたライター・雨宮まみさんのトークイベントのレポート記事をお送りします。

第一回の対談記事<人の言いなりになっていたら明日死ぬかもしれない>
第二回の対談記事<人は歳をとると自分自身を受け入れる。私は私どうにもならない>はこちら

雨宮まみ×青野賢一 『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』

上質なものを長く使うのは無理…かもしれない

雨宮まみさん(以下敬称略)
上質なものを一生使う、という傾向が最近はありますよね。
でも、クローゼットの中が上質で飽きがこないものだけで構成されてたら、私はちょっと息苦しいんです。これをずっと大切に、ずっと使わないとっていうプレッシャーを感じてしまって。
いくつかは、飽きたら捨ててもいい、買い換えてもいい、というものもあって欲しいなって気持ちがあります。
そのときの気分で、着たいものも変わりますし。
青野賢一さん(以下敬称略)
僕もお店で販売スタッフやってた頃、お客さんによく言ってたのが、「一生モノなんてほんとないですから」で(笑)
ほんとにないんですよ。年齢も変わるし、メンタルもかわるし、環境も変わるし。
そういうことを考えると口がさけてもいえない。でもメディアはそういうこといっていかなきゃいけないのでね。でも一生モノなんてないなってずっと思ってました。
雨宮
誠実に言うとしたら、5~6年は着れますよ、ってくらいですよね(笑)。
青野
そうですね(笑) 結果的に一生だったらいいんですけどね。気がついたらそのくらい長く使ってるって位がちょうどいいかなと。

スタイルを持つという到達点

雨宮
この映画では、スタイルを持つということが一つの到達点となっていますよね。それってずっとみんなが目指していることのような気がするんです。
自己啓発書を読んでも「スタイルを持つことが重要だ」と何百回も言われるけど、なかなか持てないなと感じます。
青野
そもそもスタイルってどういうものなんでしょうね? 
流行という意味でファッションを考えるとその時その時とっかえひっかえしても、ファッショナブルだけど、それはあなたが着なくても、トレンドが担保されている状態ってことですよね。
それを繰り返していくと疲れていくだけじゃない?ってことはわかるんですけどね。
雨宮
そうすると、逆に「この服は私が着なかったら誰が着るんだろう?」っていうのを選ぶのはありですね。
青野
なんか、服に呼ばれることってないですか? お店に行って、あれ?って。
雨宮
あります。パッと見かけて「あれだ!」と思うこともありますし、プレセールで見て、さらにセールの終わりかけの頃に、何回も値札を貼り直されて70%offとかになってるどうしようもない服を、「これは私が着ないと誰も着ないかもしれない」と思って買ってきちゃうこともあります(笑)。妙に愛おしくなっちゃったりして。
青野
ありますよね! お店に入って見回したら、なんかあの色のあれが気になるなって。あるんですよね。で着てみたら、やっぱりよかったって。
この人しか着られないとか、着てあげないと…というのはいわゆる流行、ファッションとは違うレベルの感覚ですよね。

お直しして着る服

青野
あと、今年は着られなさそうな、前シーズンのものを直して着ることはありますか?
雨宮
祖母が洋裁ができるので、袖を切ってもらったり、ワンピースを巻きスカートに直してもらったりはありますね。でも身近にできる人がいなければ、なかなか難しいかもしれません。自分ではせいぜい裾上げ程度かな。
青野
でも、それ、すごくいいなあと思うんですよね。
『アドバンスト~』のなかでもカスタマイズする人も結構いて。自分の髪の毛でつけまつげを作ったりする人とか。自分でどんどん手を入れて、ちょっと形を直せば今シーズンも着られる、服って直せるんだよってことはもっと知ってほしいですね。
雨宮
そうですね、丈は直しやすいですし、ボタンを変えるのも簡単ですね。
青野
ボタンは効果ありますね!
雨宮
あと、アクセサリーも簡単なものなら、今はすごく作りやすくなってますね。パーツ屋さんが増えて、イメージに近いものを作りやすい。そういう工夫はしやすいですね。
青野
それが、既製服をより自分の方に引き寄せることになりますよね。それこそがファッションがスタイルになっていく、一つの契機だってことはあると思います。