ダークサイドに堕ちた瞬間
『59番目のプロポーズ』は日本テレビ系列でドラマ化もされた。
正直、視聴率はパッとしなかったが、ドラマでの共演をキッカケに主演の2人が結婚したことは大きな話題となった。
諸事情によりドラマの再放送やDVD化はないだろう、永遠にともに。
一方、我々の結婚生活はこの大晦日で12年目に突入する。
結婚当初は格差婚と呼ばれたりして、実際、過去の私はキャリア女子ぶっていたが、それは「自分は仕事ができない」という自信のなさの裏返しだった。
仕事のできない自分にコンプレックスがあったから、仕事のできる10歳年上のT氏を教祖のように崇めた。本当は仕事から逃げたかったから、教祖の妻のポジションがほしかったのだ。
だから入社当時から憧れていた彼と付き合えることになって、天にも昇る気分だった。でもそこは天国じゃなく地獄で、メラメラと業火で焼かれることになる。
その焼かれっぷりの一部始終を『恋愛格闘家』に綴ったが、編集さんに「よくこれを書きましたね!」と言われた、地球上で3人にしか話してないエピソードを書いた。
T氏に振られた半年後、1人暮らしの部屋でヤケクソに酔っ払った私は、いよいよ死のうと思った。
でも、あいつがのうのうと生きてるのは許せない。あいつを傷つけたい、あいつの中に傷としてでもいいから残りたい。
そう思いつめた私は、半年ぶりにT氏にメールを送った。「あなたの子どもを堕ろしました」という趣旨のメールを。
こういう狂言はわりとよくある話なのかもしれない。でも私は、自分はそんなことしない人間だと信じていたのだ。メールの送信ボタンを押した瞬間、きっと今までの自分ではいられないし、ダークサイドに堕ちるだろうと。
そう思いながら、送信ボタンを押した。
失恋は人を殺すとよく言うが、肉体的には死ななかったものの、自分は精神的に死んだと思った。
翌朝、私は号泣しながら女友達に電話をかけた。
開口一番「わ、わ、わ、私もうジェダイの騎士になれない…!」と言うと「あんなに目指してたのに?!」と乗っかってくれる友の優しさに救われたが、その後も地獄は続いた。
しばらくして、T氏からメールが届いた。「ショックだった、俺にできることがあったら言ってくれ、何かあったら連絡してほしい」という文面を見ながら「こんなメールひとつで済ませる気なんだ…」と全身から力が抜けた。
私はリベンジ失敗に気づいた。私なんかがどうなろうと、彼は決して傷つきなんてしないのだと。
その2年後、バーで偶然再会したT氏に誘われてセックスをした。その時も私は「やっぱりやり直したい」と思っていた。
相手もイカれてるが私も相当狂ってる。
だがその時の仕打ちで、ようやく残留思念にピリオドを打てたのだ。