人間はみんなマゾ

AM 特集 支配されたい 脳研究 池谷裕二 脳研究者・池谷裕二さん

池谷:ところで、普段コーヒーやビールは飲まれますか?

――はい。

池谷:コーヒーなんて本来はただ苦いだけの飲み物ですよね。最初飲んだときは、「なにこれ!」と思いませんでしたか?

――確かに、最初は嫌いでした。

池谷:これも、飲んでいるうちに「苦くないと思え」というブレーキが強くなるんです。するとだんだん、コーヒーの苦さがたまらなくなり、おいしく思えてきます。

――コーヒーもビールもマゾの飲み物なんですね。

池谷:僕らは基本的にみんなマゾですよ。手錠かけられたり縛られたりすることが特殊な趣味だ、と言われますが、誰しもその要素は持っているのです。あ、そうは言ってますが、僕は別にやってないですからね。それだけは誤解しないように。

――(笑)

池谷:しかしながら今後、自分がロウソクをたらされるのが好きになったとしても、不思議ではないです。なぜなら、私もビールやコーヒーが好きですし、排尿も気持ちよく感じますから。そもそもセックスにしても、性器の摩擦ですから本当はめちゃくちゃ痛いはずなんです。多少、液体が出て潤滑油の役割を果たしたとしても、男性も女性もすごく痛いはずなのです。

――女性は、最初たいてい痛がりますよね。

池谷:ところが、すぐにブレーキが強くなって快感になる。ものすごく痛い分、ブレーキも強いんですよ。

人間は生まれたときから支配されている存在

――「人間はみんなマゾ」は、先ほどの(前編の)「男性も女性もみんな支配されたい」というお話に繋がりますよね。

池谷:大昔の、男性は狩りに出て、女性は洞穴で子どもを育てて、という状況も、よく考えるとめちゃくちゃ支配されています。女性は食べ物が洞穴に届くまで待ってなければならないし、子どもの世話もしなければならない。けれど、支配から離れようとして家出をすれば、自分の命が危うくなります。支配されて洞穴にとどまっていることは、自分が生きながらえることと子孫繁栄の両方にとって必要なことなんです。また、狩りに行く男性も、危険な目に遭いながら狩りをしなければならないという強烈な支配を受けています。そういう意味で、支配されることは当たり前のことですし、もともと悪い言葉では全然ないはずなんです。

――どうしても悪いイメージがありますよね。

池谷:ヒトラーのような独裁者などの悪いニュアンスが印象づいてしまっていますが、本当はそんなことはありません。そもそも「自由」という言葉を使うときには、それが一体、「何から」の自由なのかをしっかり考えなくてはなりません。まさか、この現世で生きる人生経験から自由になりたいわけではないでしょう。生まれた以上、生きることそれ自体が“拘束”なのです。

――確かに、みんな自分の意志で生まれたわけじゃないですよね。遺伝子が組み合わさった結果、勝手に生まれた。

池谷:そう、我々は生まれた時点でそもそも支配されています。「生まれた」という単語も受動態です。英語で言えば「池谷 was born.」。人間の存在は受動的で不自由なんです。

(文/朝井麻由美)

池谷裕二
薬学博士で東京大学薬学部教授。脳研究者。
主な著書に『進化しすぎた脳』『海馬』(糸井重里氏との共著)、
『脳はこんなに悩ましい』(中村うさぎ氏との共著)などがある。
ツイッター:@yuji_ikegaya