周囲に馴染めない自分と、その救済の物語

馴染みたいけど馴染みたくない、受け入れられたいけど埋没はしたくない。
ネタバレになってしまいますが、『イノセントワールド』では最後、アミは兄のタクヤの子供を妊娠してしまいます。
子供を生むべきか堕胎すべきかアミはギリギリまで悩むのですが、最終的には生む決断をし、「原罪」を抱えた自分が、この世界でちゃんと生きていくための意味を確保します。

「energenは物事が生成流動している状態。ergonは、生成完了して固定化された状態を指す。つまり、彼がいつまでもピストン運動をやっても最後までイカないのに、アレが出ちゃえば一応セックスが完結したってことになるのと同じ」

引用:『イノセントワールド』桜井亜美(幻冬舎文庫)

アミは兄のタクヤと関係を持つ一方で、ブランド品などを買うために高校生だけで行なう組織的な売春に手を染めていたり、友達と出かけたクラブイベントで薬物を使用していたり、レイプの被害にあったりしています。
上記の引用部分は、『イノセントワールド』の冒頭で、ポケベルに友人から連絡が来る前、アミが頭のなかでぼーっと考えていることです。

私たちは小説を読む上で、こういった過激で装飾的な描写やエピソードに、つい目が行きがちです。
だけど物語の構造を解体していくと、そこには「まわりと比べて異質な存在だった自分が、徐々に周囲に馴染み、生きる意味を見つけていく」という、小説のあるべき典型的な姿が浮かび上がってくるのです。
アミの妊娠と出産の決断は、それを物語っているといえるでしょう。

『イノセントワールド』には、「あとがき」に社会学者の宮台真司や、写真家の蜷川実花の名前も登場します。
大人になった今再読すると、これはなかなか時代性の高い作品だったのだと実感することもできます。

危なっかしくて、痛々しくて、表紙の蜷川実花の写真みたいに色鮮やかだったあの世界。
まだ自宅の本棚に桜井亜美の小説が残っているという人は、ときどき機会を作って、ひっそりと読み返してみてはいかがでしょうか。

Text/チェコ好き