香奈はバイブの快感に耐えるように「んっんっ」と腰を小刻みに引くと、自分の手に持っていたものを男の声がするほうに差しだした。
「入れたいです。入れさせていただきたいです」
「俺の手をわずらわせるつもりか」
「ごめんなさいごめんなさい」
 香奈はほとんど叫びだしそうになりながら言った。
「何かをしていただきたいときは、きちんと懇願しなさいと教えたはずだが?」
 男は相変わらず座ったまま、香奈の犬のような四つんばいの姿を映しながら言った。
「奴隷の、アナルに、これを、入れて、ください、奴隷が、感じることを、お許しください」
(私の奴隷になりなさい P85L12-P86L7)

 香奈は夫以外に『ご主人様』のいるマゾ女で、“僕”とのセックスは、その調教の一環だったのです。

 憧れの女性の、変態的な性癖を知った“僕”でしたが、それでも香奈への思いを断ち切ることはできませんでした。
そして緊張関係の高まった香奈と“僕”との結末は……本編でお楽しみいただくことして、このコラムではもう少しだけ、“香奈”という女性について考えたいと思います。

 そもそも、この連載の趣旨は、官能小説のヒロインに中に“男の理想とするセクシー”を探ること。
そして、今回ご紹介する作品のヒロイン香奈はたしかに『セクシーでいい女』だと周りから認識されています。

 完璧に男受けする髪型、服装、そして振る舞い……。

 しかし、そのすべてはご主人様の「こうしたらもっと生きやすくなるんだぜ。すべては君のためなんだぜ」という、パターナリズム溢れる矯正に寄るもの。
「香奈、頭をよくしてあげよう」というお主人様の勝手な温情に導かれて、「人に好かれるようになりました。
仕事も友人付き合いも夫との関係も上手くいくようになりました。人生悩むことなく、『生きづらかったわたし』からすべては上手く回る『わたし』になった……」とヒロイン(とご主人様)は考えています。

 が、しかし、現実は物語とは違います。
『男に矯正された女』は、そのままでいることはありません。服装にしろ、考え方にしろ、染められやすい女は、次の男が出来たらその男の色に、さっさと染め変わるものです。
そして、新しい男の色に染まろうとした時に『前の男の色』を恥と思い、そんな色に染めた過去の男を‟黒歴史“とします。

 この小説には、生きにくい系からの“ある救済”が描かれていますが、女の本当の救済は、男に囚われていた女がもとの場所、香奈でいえば『ちょいエロなコンサバ』から『モード系』へと戻り、「悪い男にひっかかったよね」と笑い飛ばせた時、そしてその時こそ人生の辛酸を知っている『いい女』になるのではないかと思うのです。

サタミシュウ 角川文庫 私の奴隷になりなさい 大泉りか

書名:『私の奴隷になりなさい
著者:サタミシュウ
発行:角川書店
価格:500円

 次回は、モデルの卵が大人の世界に染まっていく『夜ひらく』(前編)をお届けします。

Text/大泉りか

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