ポルノはオナニーの道具か?

 卒論でも何でも、女性向けポルノについて研究しようと思うとき、絶対に読んでおくべき研究が2つある。
守如子『女はポルノを読む』(2010)と、堀あきこ『欲望のコード』(2009)である。

 この2冊、実はとてもよく似ている。
どちらも、男性向けエロコミックと女性向けエロコミック(レディコミ、BL)を買い集めて比較するという調査方法を取っており、当然その結果得られた客観的なデータもよく似ている。
出版されたのも8ヶ月しか違わない(守の方が出版は後だが、元になっている守の博士論文は2005年、堀の修士論文は2008年に提出されている)。

 では、2つの研究はどこが違うのか。
最も分かりやすい違いは、堀が「ポルノ」という言葉をあえて使っていないのに対し、守が「ポルノ」という言葉を書名にまで用いているという点である。

 堀あき子は〈ポルノ〉という言葉を使わず、一貫してこれを〈性的表現を含む女性向けコミック〉と呼んでいる(修士論文の時点では「ポルノ」と呼んでいたのだが)。
その理由は3つ挙げられている。①②は次節で考えるとして、まずは一番簡単で大事そうな③だけみてみよう。

なによりも、扱った女性向けコミックが〈ポルノ〉という言葉の印象にそぐわないという自分の実感(p. 4)

 堀は、〈性的表現を含む女性向けコミック〉の読者投稿ハガキコーナーの内容と、アダルトグッズ広告・プレゼントの有無まで分析している。
その結果、「ヤオイとTL[ティーンズラブ]ではマスターベーションとの繋がりは雑誌によって異なり、レディコミでは強い繋がりが明示されていた」(p. 83)と判断している。
要するに、ヤオイ、TL、レディコミといったジャンルの間や、あるジャンル内部の雑誌の間には、〈ポルノ〉とオナニーのつながり具合にグラデーションがあるのである。漫画のキャラがセックスしているからといって、それを読みながら全員がオナニーするとは限らないのだ。

 だから「オナニーのための道具」として「ポルノ」をイメージするならば、堀が言うように女性が読んだり観たりしているそれは、場合によっては「ポルノ」ではない。
男の価値観で「エロい漫画を読んだらそりゃシコるだろ」と無意識に思っていた私は、堀のこの議論を読んだときに目から鱗が落ちた。

 漫画だけでなく女性向けAVについても、もちろん観ながらオナニーする人もいるだろうが、「癒し」や「どきどき」や「きゅんきゅん」を補給するために観ている、という人もまた多いと聞く。
ならば私が19回も語ってきたそれは、「ポルノ」ではなかったのか?