病を治すシャワオナ

「水治療」とは一体何なのか。
これは現代でも用いられる言葉で、温泉につかったり、水流を体に当てて血流をよくしたり、水中の浮力を利用した運動を行ったり、水を使った理学療法全般を指す。
だが、ヒステリーの治療においては、基本的に「シャワオナ」を指す。要するに、激しい水流を下半身に当てることで刺激を与えるのだ(自分で当てているわけではないので正確には「オナ」ではないが)。

『ヴァイブレーターの文化史』によれば、たとえば水療法に関する1843年の著作には、このような記述がある。

水のジェット噴流を浴びせると、最初は痛い感じがするけれども、すぐに水圧(による振動)の作用で冷水に対する生体の反応が現われる。つまり皮膚が発赤を呈するわけである。そして安定状態に戻るわけだが、この時に多くの人たちが快感を経験し、それがあまりにも心地よいものなので、彼女には処方で指定された時間、すなわち通常なら4~5分間を超えないように注意する必要がある。灌水浴を終えた患者は自分で身体を拭き、コルセットを締め、軽快な足どりで自分の病室に戻って行く。

「発赤を呈する」とか小難しい書き方をされると、なんだか逆に馬鹿らしい。
医者も患者も、「これはエロいことじゃないぞ!」と必死に自分に言い聞かせているような、しかし、しっかりとその意味を分かっているような、そんな気がする。

先ほど、医師はAVとは真逆で、手マン治療に乗り気ではなかったと書いた。では患者はどうだったのだろう?
女性の声というのは歴史に残らないもので、『ヴァイブレーターの文化史』の著者も史料がほとんどなかったと書いている。

だがきっと、中には「治療」に乗り気な患者もいたにちがいない。
まじめ医師と痴女患者。AVの新ジャンルの鉱脈が眠っている気がしてくる。

*  *  *

『ヴァイブレーターの文化史』をただのオモシロ雑学本のように紹介してしまったが、実際は一流の研究書である。
「バイブについては詳しくなったけど、それで?」というところで終わらず、バイブ1本で医学史や女性史を巧みに描き出す。
その鮮やかさを紹介するには紙幅が足りないので、ぜひ実際に読んでたしかめていただきたい。

しかし、「陰部按摩という治療法を楽に行うための道具としてバイブが生まれた」という話は、我々がそうであったように、偉い学者先生たちにとってもなかなか信じられない話だったようだ。
著者のメインズは、論文が学術雑誌に掲載されるにふさわしいとちゃんと判断された後になって、「この論文で引用されているヒステリー研究者の存在は捏造じゃないか? ついでにメインズという著者も存在しないんじゃないか?」と疑われたという。
さらには、この研究が原因で大学をクビになってもいる。これもまた、信じられない話だ。

だがおそらくは我々も、いまは当たり前すぎて疑わないようなことを、100年後の人類に「信じられない」と言って笑われるに違いない。
「ちんこをまんこに入れるなんて、犬や猫じゃないんだから(笑)」とか。
セクシュアリティの歴史を調べることの意義も楽しさもきっと、「当たり前」を疑うこのような想像力の涵養にあるのだ。

Text/服部恵典

次回は <日本初の女性向けAVを探して――88年、夢と消えた男たち>です。
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