射精オーガズムの神話

 性医学の常識はときに大転換する。たとえば女性の場合、昔は「膣オーガズムの神話」があった。
つまり、生殖のためにはペニスをヴァギナに挿入する必要があり、それが「セックス」なのだから、男がペニスで感じるように女は膣で感じるはずである、という「神話」だ。

 しかし、特にAM読者にとっては常識かもしれないが、「中イキ」よりも「外イキ」のほうがしやすい女性は多い。
つまり女性は実は、膣よりもクリトリスのほうがオーガズムに達しやすい。これはせいぜい数十年前に知られたことである。

「膣オーガズムの神話」とは、アン・コートというフェミニストが1970年に発表したエッセイのタイトルであるが、この神話の崩壊は非常に政治的・社会的な意味があった。
単純に言うならば、膣内の刺激にこだわらなくてもよいならば、性関係にペニス=男性が要らなくなるからである。
それは、男性支配からの脱出の端緒ですらあったのだ。
何しろ、アンドレア・ドウォーキンというフェミニストは「すべてのセックスはレイプである」とまで言ったのだから。

 では、男の場合はどうだろう。
森岡の「ドライ・オーガズムは筋が違う」という感覚は、射精こそが男性のオーガズムであるという固定観念から抜け出せていないのではないか。
言い換えれば、森岡は「射精はすごく気持ちのよい、至福の体験であるという神話」(『決定版 感じない男』35ページ)は疑うことができたが、「膣オーガズムの神話」ならぬ「射精オーガズムの神話」そのものは疑えていないのではないか。
そうなれば、“ドライ・オーガズムもの”がAVコーナーの深奥から溢れだして、ペニスではなく前立腺が男性の快楽の中心になっていく未来が描けないではない。

 哲学者の千葉雅也もツイートしていたが、今のところ、前立腺によるオーガズムは、男性の女性化(何せ「メスイキ」だ)、あるいは秘術的なものとして捉えられているように思う。
しかしそうではなく、男が男のまま「裏」で感じるのが当たり前である社会は、論理的にはありえなくはない。
私も直感的には「ありえない」と感じてしまうが、そんなものは信用ならない。
だって、魔女狩りのころは「悪魔の乳首」だと思われていたクリトリスに、今はみな夢中なのだから。

「膣オーガズムの神話」の崩壊は、ベッドだけでなく社会をも揺らした。
ならば、もし「射精オーガズムの神話」が崩壊したら……?

 うーん、どうなるだろう。
ただ、考えていると、とてつもなく愉快ではある。

Text/服部恵典

 次回は《いざ行かん熱海秘宝館――女性も楽しめるエロ・アミューズメントパークとして》です。