「自立した女性になれば選択肢は広がる」私の結婚観に影響をあたえた母たちの生き様

私の結婚歴や結婚観を読んだ方からは「ぶっ飛んでいる」「頭がおかしい」というご感想をいただくことが多いです。今回の記事では私の結婚観・人生観のいしずえとなった話を綴ります。

「あの女の人はどうして我慢しているの?」

by Ryoji Iwata

幼稚園児のころ、登園を拒否してテレビをつけると意地悪な姑” “浮気する旦那” “我慢する可哀想な奥さん” が出てくる典型的な昼ドラが流れていました。お奥さんは目も当てられないような仕打ちを受けているのに、なぜ「いやです、やめてください」の一言を言わないのか、なぜ警察に駆け込んだり逃げたりしないのか、幼いながらにとても疑問に感じました。

というのも、当時の私は乱暴な園児に髪留めを取られるなどのいじめに悩んでいたのですが、母から「嫌なことには嫌とはっきり伝える」「それでも解決しなかったら逃げろ」と教えられ、その日も「昨日髪の毛引っ張られて怖かったから行きたくない」という理由で登園を拒否していたからです。すぐに母と祖母に「あの奥さんなんで逃げないの?」と疑問を投げかけると、「この時間のテレビは大人向けだから見ちゃダメ!」と怒られたあとでこう説明してくれました。

「この奥さんは家の仕事――お料理とかお掃除をする代わりに、その旦那さんが外で稼いできたお金でご飯を食べてるの。つまり旦那さんが社長で、奥さんは○○家という会社で働いて、お給料としてご飯をもらってる。旦那さんが奥さんをクビにするとご飯が食べられなくなってしまうから、旦那さんの言うことを我慢して聞くしかないんだよ」と。

一瞬納得した私でしたが、さらなる疑問が浮かび上がりました。
「じゃあ奥さんも○○家じゃなくて他の会社で働けばいいじゃん」

母は困った顔をしながら「うーん、算数やパソコンができないと会社では働けないから……あなたも勉強がんばりなさいね」と言い、この件がきっかけで私は自ら進んで勉強する子供になりました。

“主婦業”の女性がいなかった

思えば、私の4親等以内に“主婦業の女性”は1人もいませんでした。母も祖母も曽祖母も、祖父母の姉妹ですら全員が会社勤めか自営業。男性たちも国家公務員だったり名の知れた会社に勤めていたりと稼ぎは悪くなかったと思いますが、それ以上に女性たちがキャリアを伸ばしお金を稼ぐのが当たり前の環境で育てられました。

みんな出産直前まで働き、産後もすぐに仕事に戻るので「産後の一番可愛い時期に仕事に行くなんて子供が可愛くないの?愛情がないんだね」と心無い批判をする人もいました。しかし「生まれたばかりの赤子の側に張り付いてたって本人はほとんど覚えてないだろうし、その間に稼げる私が稼いで教育の資金を作ってあげたり、いい生活をさせてあげたい」という考えと、「家政婦やシッター代を払ってでも仕事に戻った方が、トータルで考えたら金銭面でも子供にとってもプラスだ」という認識を私の親族は持っていました。

そして男性も威張り散らすようなことはしません。「妻は自分が居なくなっても生活に困ることはない、嫌われたら簡単に捨てられてしまう」と、家事や育児を率先して行う男性が多かったように思います。だから親族が集まる法事の場面でも、当たり前のように「喉乾いた〜お茶淹れるけど飲む人〜?」と男女関係なくお茶を汲み、お経中に子供が泣き出せば一番近い大人が男女関係なく外に連れ出し、料理は仕出しを頼み、その片付けも男女関係なく手の空いている人が作業していました。外注した方がラクなものはどんどん外注する、作業は手の空いている人がやる、というのが我が家のやり方でしたし、そこには“男の仕事”も“女の仕事”もなかったように思います。

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