トラブルは起きるけど乗り越えられる

別居を切り出した時期、すでに私の気持ちは夫から離れ、冷え切っていた。たぶん元のように仲良くなれたのは、証文を書いて父となったことを(ようやく)自覚した彼の、家事育児への参加度合いが上がったこと、そして私の困りごとをきちんと聞いてくれるようになったことが大きいように思う。彼は人の話をあまり聞かない性格なのだが、私の話は聞いてくれるようになった。また家事育児では、彼の元来の『細かいことを気にしない』おおらかさが良い方向に作用している。

なんとかなる、というより、どうにかする、の精神で、まだオムツも取れてない息子と2人旅も余裕でこなす。料理が好きで、離乳食から現在まで、食事の面ではあれこれやってくれている。だが掃除は難しいようで、彼に育児を任せて外出すると家は散らかり放題。最初は私も怒り狂っていたが、そのうち徐々に考えも変わってきた。完璧な人間などいない。彼に子育てを任せている間は、とにかく子供が食べて眠れさえすれば、問題なし……と、こちらも次第におおらかになってきたように思う。

「おおらかじゃないとこんな仕事何10年もやってないよ。おおらかすぎて部屋は散らかすけどね(笑)。ある日お世話になっている年上の男性に『お前はたいがいのことは、どうにかなると思っているだろう』と言われて。たしかになんとかなるだろうと思っているんだよね。今の会社をクビになっても別の仕事やればいい、食いっぱぐれることはないなと思っているし。
家庭でわりとネガティブなことが起きても『ユキちゃん疲れてるのかな』とか『昨日なんかあったのかな』とか『朝また言えばいいか』とか。それをおおらかと言うのかもしれないね。俺の頼んだことが悪かったんじゃなくて虫の居所が悪かったのかなと(笑)。でもユキちゃんは逆で、こんなこと頼んで嫌がられたらどうしようとか気をもんでるよね。だからそんな相談を受けても、それはもう『行け』とか『やめとけ』とか、だいたいそうなるんだよ。」

と、彼は自身の『おおらか論』を語りはじめ、止まらない。

「ユキちゃんは、なんか物事を複雑にしちゃうよね。裏の裏まで考えて、この人私のこと見下してるんじゃないかとか。でもお互い嫌われて生きてきたんだからいまさらなんだよ(笑)。そこで背中を押すのは僕の仕事だと思ってますから。
色々考えて先回りして心配しちゃうから子育ても大変だよね。公園で遊んで怪我したらどうしようとか心配してるもんね。実は俺は大事にしてる教訓があるんですけどね。ひとつは、考えうる最悪の事態は往々にして起きる。今の職場でも月に一度くらい起きるんだけど、でもそれは基本的に乗り切れる。というのが二つのテーゼとしてあるんですよ。起きるけど乗り越えられる。本当に乗り越えられないことは10年に1回ぐらい。基本起きるトラブルは来月になったら確実に忘れてるぐらいなので、あんまり最悪の結果を念頭において動くのはそんなにいいことじゃないなと」

なんだか気持ちよさそうに話し続け、いつしかコーヒーカップは空になっていた。そんなおおらかな夫と、先まで考えて不安になる私との間に産まれた息子はいま7歳になった。夫はいまも、24時までに帰宅している。

Text/高橋ユキ

高橋ユキ
傍聴人。フリーライター。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場』(宝島社)古くは『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)など殺人事件の取材や公判傍聴などを元にした著作多数。
Twitter:@tk84yuki