「親に会わなければいい」が難しい

毒親とは縁のない人生を歩んできた人と、親との関係性について話をするとき、「そんなに嫌なら実家に近寄らなきゃいいんじゃん」というようなことを、全く悪気なく言われることがあります。健全な親子関係を築いている人にとっては、きっと簡単なことなのだと思います。

私は彼と結婚する前、実家から二駅しか離れていないとはいえ、一応ひとり暮らしをしていたので親と会わずに生活することは可能でした。しかし実際のところ、必ず週に2~3回は実家に帰ってご飯を食べたり、母と連れ立って買い物に行ったりして、その度に頭痛と吐き気で起き上がれなくなったりしていました。

会わなければいい。確かにその通りです。
しかし、生まれてからずっと「母の機嫌を損ねない、母の想定からはみ出さない」ことを行動の基準としてきた私は、たとえその行動によって体調が著しく悪化しようと、恐らくは精神的なもので目の前が真っ暗になろうと、母と別れた瞬間に過呼吸発作を起こそうと、「母の誘いを断る」という選択ができなかったのです。
できなかった、というより、その選択肢が私には始めから与えられていなかったという方が正しいかもしれません。

毒親育ちに「親と会わなきゃいい」と言うのは、配偶者からのDVやモラハラ被害者に、考えなしに「離婚すれば?」と言うようなものだと思います。DVやモラハラの被害者も毒親育ちも、何度も人格を否定され、思考を奪われて、状況を変えることに挑戦するための体力がもう残っていないのです。

私も、そんな風に思考と体力を奪われたうちのひとりでした。
親に呼び出されても本当は行きたくない、顔も見たくなければ声も聞きたくない、でも一回断っても絶対にゴネられて、ラリーが続くとゴネからのブチギレになって、また泣かれて、それを宥めて、思ってもないことをたくさん言って、母の気が治まるまで付き合わないといけない。それが分かっているからこそ、母からの誘いのLINEに死んだ目で「行くー」と返事をしてしまうのです。吐き気をこらえながら、楽しそうなスタンプまで押して。

しかし、夫が「僕の仕事を言い訳にして、ご両親からの誘いは断るといいよ」と言ってくれているので、結婚してからは親と会う機会がぐっと減りました。
フットワークの軽い母は自分で車を運転して私と夫の住む家のすぐ近くまで来てしまうので、追い返せず会ってしまうこともありますが(そしてまた寝込む)、「夫」という最強の盾を手に入れて、独身時代よりずいぶん楽に生活できるようになりました。

毒親育ちの人のなかには、「家族」や「結婚」に良いイメージを抱けず独身でいるがために、余計に「家」と「親」に縛られて、身動きができなくなっている人もいるのではないかと思います。

けれど、あなた自身が毒を浴びせてくる「親」とは別の人間であるように、「家族」「結婚」も、あなたが想像する最悪なものとは全く別なものを築ける可能性が十分にあると私は思います。自分が求めるものをしっかりと見定めて、それに適うパートナーを選ぶことができれば、シェルターのように自分を守ってくれて、誰の顔色も伺わなくてよくて、自分らしく過ごせる「新しい家」を作れるのです。
どうか「結婚」に、「家族」に絶望しないでください。少なくとも私は、自分で選び、獲得した夫という家族とふたりで過ごす「新しい家」で、今日も健やかに生きています。

さて、次回は毒親編から離れて、私がプロデュースしたプロポーズのことについてお話したいと思います!