テラフォーマーと戦える男

以前「ぼちぼち老後の資金計画を考えようか」と夫に言うと「だが、いずれ国家は転覆して紙幣は紙くずになるぞ」と返された。

そこで「じゃあ私は転覆しないバージョンを考えるから、キミは転覆したバージョンを考えてくれ」と言うと、夫は「わかった」と頷き「まずはボウガンを買おうかしら」と悟空のようにワクワクしていた。

それを見て「この夫と結婚して正解だった」と思った。

「そんな中二病の夫はお断りだ」と多くの奥方たちは思うだろうが、金を稼げる男や金勘定の得意な男などナンボでもいる。それに比べて、怒りのデスロード的な世界になった時、生き残れる男の方がずっと少なくて貴重だ。

私はテラフォーマーが「じょうじ」と襲ってきた時でも、戦える男じゃないと困る。
よってGを殺せない夫などは、年収二兆円でもお断りだ。

前回記事にも書いたが、私には元モデルの美形の弟がいる。
子どもの頃から、弟はGが出現すると「無理無理無理!」と私に助けを求めた。そのたびスリッパでGと格闘しながら「貧弱ゥ…URYYYYY!!」と弟もしばきそうになった。

この弟が我が家に泊まりに来た時、夫は飼っているクワガタを見せるのを楽しみにしていた。
が、弟に「僕、虫は怖いんで」と断られ「なんで?弟くんの方が強いよ」とキョトンとしていた。
「いや強いとかそういう問題じゃなく…」と返す弟を「それでも男ですか、軟弱者ッ!」と再びスリッパではたきそうに。

「それでも男ですか、軟弱者ッ!」という言葉が、性差別的だという自覚はある。

私は男らしさ・女らしさといったジェンダーの押しつけを憎んでいるし、「それでも女か」「もっと女らしくしろ」等と言われたら、怒りのデスロードを爆走する人間だ。
人は性別に縛られず自由に生きるべきだと、心から思っている。

が、自分の男には「漢らしく」あってほしい。じゃないと惚れないから。
それを矛盾だ、ダブルスタンダードだと言われたら「面目次第もござらん」と土下座する所存だが、個人的な好みばかりはどうしようもない。

いつも書いてるように、私は幼少期からりぼんよりジャンプ派で、キン肉マンや北斗の拳に夢中だった。魔界の王子でも真壁くんよりアシュラマンに萌えていたし、今でも抱かれたいと思っている(腕が6本あるので多彩なプレイを楽しめそう)

また、ラオウのような強い漢に守られたいと同時に、自分もラオウのように強くなりたかった。ちなみに強い女性キャラも大好きで、今も仕事机には進撃の巨人のミカサフィギュアが飾られている。

つまり、昔から「強さ」に強烈に痺れて憧れてきたのだ。

そんな私なので、元彼たちが仕事でミスした・上司に叱られたとメソメソしていると、「男だって弱音を吐くべきだわ」と頭では考えても「あかん、萎えてまう」と心では思っていた。

元彼たちに毒親エピソードを話して「俺がキミを守る!結婚しよう!」と言われても「おまえに守れんのかよ」と思っていたし、いざトラブルが起こって「ごめん、やっぱ無理」と撤収されるたび「やっぱりか」と絶望していた。

その結果「どうせこんな男しかいないなら、金に転ぶか」と思った。男に高望みしていたからじゃなく、男に絶望していたから、条件を求めた。
でもやっぱりハイスペ彼氏との結婚は選べなかった。

それは自分の人生じゃない気がしたから。金に転んで結婚したら、自分を嫌いになると思ったから。
相手を愛せないのも地獄だが、自分で自分を愛せないのはもっと地獄だ。

なにより、私は母のようになりたくなかった。