夫の隣で
「なぜ私はここにいるのだろう」

そして入籍。

結婚生活は思いの外平和で穏やかで、私にとっては人生の春休みのようでした。日々のささやかな喜びもあったし、彼の出張について海外を飛び回るのも至福の時間でした。彼は私に多くを求めなかったし、私も彼に過度な期待をするようなことはありませんでした。

でも、そこに愛はありませんでした。彼はどこかで私を「得体の知れないもの」として恐れていたし(無理もないですが)、心の境界線を踏み越えることはありませんでした。彼は親切な人でしたが、私を思いやったり、外敵から守ったりすることに思いが至らないようなところがありました。

例えば2人でパリのホテルに滞在した際、夜中に警報が誤作動したことがありました。彼は私に声もかけずに1人で部屋を飛び出していったのです。私はその背中を見ながら、「この人と死ぬのは嫌だな」とぼんやり考えていました。

それに限らず、私はどうしても彼を“家族”だと感じることができなかったのです。

夜中にふと目が覚め、隣に横たわる彼を見ると、「なぜ私はここにいるのだろう」と、ひどく間違った場所にいるような、1人でいるよりももっと寂しいような気持ちになりました。

「そんなの始めからわかっていたことじゃないか」と自分に言い聞かせてやってきたのですが、その限界は突然訪れました。

それは、彼の「そろそろ子どもを産んで欲しい」という一言から始まりました。「自然に妊娠・出産するならそろそろタイムリミットだから」と。私はその時ベッドの下で、彼の下敷きになっていました。「だから中で出してもいい?」と聞かれて、私は、自分の中にあるはっきりとした嫌悪感の存在に気づいたのです。

「嫌」と私の中の何かが大声で叫びました。「絶対に嫌」と。

その瞬間、まるで目がさめるように自覚したのです。「私、この人を愛していない」と。

そして、「愛していない人の子どもを産みたくない」と。

それは、自分を商売道具として生きてきた私にしては珍しいほど、はっきりとした“拒絶”でした。
自分の心の声をそんなにはっきりと聞いたのは、本当に久しぶりのことだったのです。

Text/つかふる姐さん
初出:2021.04.20