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  • 2017.11.13

私たちはいつまでもあの「おばけスタジオ」で笑っていた

姫乃さんにとってかけがえのない思い出の場所、「おばけスタジオ」。今回はそんな素敵で、少し切ないエピソードについて綴って頂きます。光り輝く素敵な思い出は、例えその存在がなくなってしまったとしても、心の中で永遠に生き続けているのかもしれません。

自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。


永遠なるものたち008
「代々木1-54ビル」

古い建物が並ぶ街並みの画像
by Ghost Presenter

 代々木のはずれに、町でいちばん古いビルがありました。

 ビルと言っても3階か4階、いや、5階建てだったかもしれません。とにかくそんなに背の高い建物ではありませんでした。1階のギター修理屋さんと、地下にある音楽スタジオ以外はみんな同じような空き家だったのと、階数を覚える目印がなくて、上の階へあがる機会も滅多になかったのでなんだか記憶がぼんやりとしています。

 空き家と言っても上の階には、ホームレスの人が住んでいました。埃っぽい廊下に布団が一式敷いてあって、季節によってその場所は移動していたのです。それから、防犯カメラにいないはずの人が映っていたり、誰もいないスタジオから楽器の音が聞こえたりすることがあって、よく「ホームレスと幽霊が住んでいるスタジオ」と言われていました。でも、おんぼろのビルはいかにも幽霊がいそうで、誰もあまり気にかけていませんでした。

 それより、黒い髪が腰まで伸びている音楽スタジオの店長の男の子の方が、ずっとホームレスや幽霊みたいだったのです。実際、彼はほとんどスタジオに住んでいました。細い体にサンダルをつっかけて、擦れて薄い色になったジーンズとタイダイ染めのTシャツを着ていて、1日の半分は笑っていて、あとの半分はギターを弾いて歌っていました。

 蔦がみっしりと絡まったビルは路地裏にあって、目の前は駐車場で、周りは民家だったので、とても中に音楽スタジオがあるようには見えませんでした。つまり、すごく入りづらい外観だったのです。だからスタジオには、こっそり練習しにくる有名なミュージシャンか、おばけみたいな店長と仲のいい人達しかやってきませんでした。
たとえば、ずっとタバコを吸ってる鋲ジャンのお兄さんとか、何がどうしたのか割れたギターを抱えて遊びにくる骨折したお兄さんとか。録音が好きで、スタジオから漏れてくる音や、他愛もない会話をずっと録っている大学生もいました。直接会ったことはないけど、ホームレスもおばけもみんな友達だと思えるくらい、あのビルには気の会う人しか集まってこなかったのです。

 私は知人の紹介でレコーディングをしてから、このスタジオをとても気に入りました。ばらばらな人たちがみんな仲良くて、愉快なシェルターみたいだったから。そこで歌ったことも、大学の課題や仕事の原稿を書いたことも、お誕生日会をしたこともあります。夜通しお酒を飲んで歌って、誰かが帰って、誰かがやって来て、誰かが眠って、誰かが起きて、気がついたら眠っていて、目を開けたら誰かが楽器を弾いていて。

私たちがスタジオに集まれた最後の日

 地下だから今が朝なのか、夜なのかわからなくて、いつも何人かで時間を予想しながら外に出ました。思ったよりも明るくて太陽に叱られている気持ちになったり、まだ夜が明けたばかりだったら、近所のおばあさんが朝早くからやっているパン屋さんに牛乳とパンを買いに行きました。パンはくすんだガラスケースの中に、ひとつずつ薄いビニール袋に丁寧に(ざっくりと?)包まれて売られていて、カウンターの奥にはパンを作る銀色の機械が見えました。お昼を過ぎると、このパン屋さんは閉まりました。

 次第に外でお酒を飲んでいると、家と間違えてスタジオに帰る日がでてきました。きちんと家で眠る日も、まだスタジオで誰かが歌っているのを思うと、胸が暖かくなるようでした。誰かに受け入れてもらえなかった時、うまく話が通じなかった時、いまもスタジオでみんなが笑っているのかと思うと、体の緊張が解けていくようでした。

 しばらくしてまず、おばあさんのパン屋さんが閉店しました。
それからすぐ、建物の老朽化でスタジオがビルごと取り壊されることになりました。みんなとても悲しくて、でも誰にもどうにもできませんでした。だって、ここを大好きな私たちが見ても、このビルはおんぼろだったのです。

 閉店の日が近づくにつれて、みんないつもよりたくさんお酒を飲むようになって、たくさん演奏するようになって、ひとつずつ楽器やアンプやスピーカーが引き取られていきました。
最後のお別れ会が終わった後、その辺に転がっているピックや鉛筆などの引き取られなかったものたちと、壁に貼られたステッカーや、落書きされた絵や文字だけが残りました。どれももうすぐ、取り壊されてしまいます。

 それぞれジップロックにスタジオの空気を詰めたり、神棚のお札を剥がして保存したり、大学生の男の子はやっぱり私たちの会話を録音したりしていました。みんな自分たちのやっていることのおかしさに笑いながら、でもこんなことしかできなかったのです。とにかく、スタジオがあったことを、ここで過ごした時間をなんとか残したい気持ちでした。

 ある日の朝、いつも通り時間を予想しながらこっそりスタジオを出たら、ちょうど作業員の人とすれ違って、解体が始まりました。

 私たちがスタジオに集まれた最後の日です。

別の世界でまだ、誰かがあのスタジオで笑ってる

 それから一度だけ、途方もなく悲しいことがあって、酔っ払って飲み屋を出たら、雨が降っていて、私はよくわからなくなって、いつもの癖でスタジオに帰ったことがあります。入り口を入る前から、手をかけると軋むドアノブの感触や、扉を開けてすぐ目に入る缶ビールを飲んで笑っているみんなの姿が、想像ではなく、現実と同じように頭の中ではっきりと見えました。
悲しいことがあったのを悟られないように平静を装って、地下に続く階段に足を踏み出した瞬間……私は思い切り真っ暗な水たまりの中に落ちたのです。

 はたと酔いが覚めて、ケータイのライトをつけてみると、スタジオがあった地下はもう土で埋め立てられていて、雨が溜まった大きな穴になっていました。

 いまでも時々、スタジオのことを思い出します。なぜか頭に浮かぶのは、最後までレコーディングルームに転がっていた消しゴムや、トイレに置きっぱなしにされていたハンドソープです。あれは、どこに行ったんだろう。作業員の人が丁寧に集めて捨てているところも、作業車でぐしゃぐしゃにされて埋め立てられているところも、なんだか想像してもしっくりこなくて、まだ、どこかにある気がします。もうスタジオがない事はわかっているのに。

 跡地にはとってもきれいなアパートが建ちました。こんな感傷的な気持ちで見に行ったら、きっと悲しくなるだろうと思っていたけれど、全然そんなことありませんでした。新しいアパートは普通に住みたくなるような洗練された外観で、目の前の駐車場に座って、ぼうっと眺めていました。拍子抜けするくらい、その景色は全然悲しくありませんでした。

 でも、どこかで少しだけ、あの穴に落ちた時、わたしはパラレルワールドに来てしまって、別の世界ではまだ、今日も誰かがあのスタジオで笑っているような気がします。そんなことないのはわかってるけど、そう考えるのが一番しっくりくるのです。

Text/姫乃たま

次回は<わたしたちの心は傷つく。その分、心は大きくなるのだろうか?>です。
「懐が広い」「度量が大きい」「器が大きい」「心が豊か」という言い方はしますが、「心が大きい」という言葉はあるでしょうか? 破られた図書室の本を見て、破れてしまった小学生のころの姫乃たまさんの心。セロハンテープでつなぎ合わせただけで傷が残ったままの心は、「大きく」なっていくのでしょうか。

ライタープロフィール

姫乃たま(ひめの たま)
地下アイドル/ライター
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