私たちはいつまでもあの「おばけスタジオ」で笑っていた

姫乃さんにとってかけがえのない思い出の場所、「おばけスタジオ」。今回はそんな素敵で、少し切ないエピソードについて綴って頂きます。光り輝く素敵な思い出は、例えその存在がなくなってしまったとしても、心の中で永遠に生き続けているのかもしれません。

自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。


永遠なるものたち008
「代々木1-54ビル」

古い建物が並ぶ街並みの画像
by Ghost Presenter

 代々木のはずれに、町でいちばん古いビルがありました。

 ビルと言っても3階か4階、いや、5階建てだったかもしれません。とにかくそんなに背の高い建物ではありませんでした。1階のギター修理屋さんと、地下にある音楽スタジオ以外はみんな同じような空き家だったのと、階数を覚える目印がなくて、上の階へあがる機会も滅多になかったのでなんだか記憶がぼんやりとしています。

 空き家と言っても上の階には、ホームレスの人が住んでいました。埃っぽい廊下に布団が一式敷いてあって、季節によってその場所は移動していたのです。それから、防犯カメラにいないはずの人が映っていたり、誰もいないスタジオから楽器の音が聞こえたりすることがあって、よく「ホームレスと幽霊が住んでいるスタジオ」と言われていました。でも、おんぼろのビルはいかにも幽霊がいそうで、誰もあまり気にかけていませんでした。

 それより、黒い髪が腰まで伸びている音楽スタジオの店長の男の子の方が、ずっとホームレスや幽霊みたいだったのです。実際、彼はほとんどスタジオに住んでいました。細い体にサンダルをつっかけて、擦れて薄い色になったジーンズとタイダイ染めのTシャツを着ていて、1日の半分は笑っていて、あとの半分はギターを弾いて歌っていました。

 蔦がみっしりと絡まったビルは路地裏にあって、目の前は駐車場で、周りは民家だったので、とても中に音楽スタジオがあるようには見えませんでした。つまり、すごく入りづらい外観だったのです。だからスタジオには、こっそり練習しにくる有名なミュージシャンか、おばけみたいな店長と仲のいい人達しかやってきませんでした。
たとえば、ずっとタバコを吸ってる鋲ジャンのお兄さんとか、何がどうしたのか割れたギターを抱えて遊びにくる骨折したお兄さんとか。録音が好きで、スタジオから漏れてくる音や、他愛もない会話をずっと録っている大学生もいました。直接会ったことはないけど、ホームレスもおばけもみんな友達だと思えるくらい、あのビルには気の会う人しか集まってこなかったのです。

 私は知人の紹介でレコーディングをしてから、このスタジオをとても気に入りました。ばらばらな人たちがみんな仲良くて、愉快なシェルターみたいだったから。そこで歌ったことも、大学の課題や仕事の原稿を書いたことも、お誕生日会をしたこともあります。夜通しお酒を飲んで歌って、誰かが帰って、誰かがやって来て、誰かが眠って、誰かが起きて、気がついたら眠っていて、目を開けたら誰かが楽器を弾いていて。