永遠なるものたち

肉体が健やかな子供は「視力の悪さ」に憧れる…コンタクトレンズの大人っぽさ

地下アイドル兼ライターの姫乃たまさんが大人っぽさの証として憧れていたのは、コンタクトレンズ。私は、ようやく視力が悪くなった今でも怖いのに、あの女の子もあの女の子も、女子トイレの鏡の前で涙を流しながら、大人になったのだろうか。

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

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「コンタクトレンズ」

銀河の星屑が瞳に映る目のアップのサムネイル画像
by Pexels

 中学校の女子トイレでは、しばしば女の子たちが涙を流していました。鏡に向かって、目を見開いて、震える指先にコンタクトレンズを乗せながら。
 成人するまで異様に視力が良かった私にとって、視力の悪さは大人っぽさの証でした。小学生の時にも眼鏡をかけている同級生を見ては、大人と同じだ……と、畏れ多い気持ちになったものです。

 視力の良さも去ることながら、背が伸びきるのも早い子供だったので(いまは背の低い大人ですが、昔は背の高い子供だったのです)、見た目は大人びているのに、肉体がまだ子供らしく健やかであることが恥ずかしかったような気がします。
 私の肉体は明るい丈夫さを兼ね備えていて、とにかく健康でした。そのせいで体にくっついている精神のほうが拗ねて、捻くれてしまったのかと思うくらい。おかげでいつも気恥ずかしさに背を丸めて歩いていました。だから、いまでもひどい猫背です。

 女の子たちが話す、眼科で視力検査をした時の体験や、最初は先生がコンタクトレンズを目に入れてくれる恐怖(自分でやるよりずっと怖いらしい)などを、女子トイレでふんふんと聞きながら、鏡の前で失敗して涙する姿を見ては、大人への階段を勝手に感じていたものです。
 一方で私の視力は、それから車の免許を取ったり、お酒が飲めるようになったり、そういうことと一緒に年相応に悪くなっていきました。

 そして先日、映画撮影の衣装で使った眼鏡をいただいたので、眼鏡屋さんでレンズを入れてもらいました。遠くの景色も細かく鮮やかに見えるのが懐かしかったです。