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  • 2017.08.21

今はもう会えない人。泣くことも憚られる人。思えば嫉妬心が彼女との距離をあけてしまった

コントロールが難しい嫉妬という感情。恋愛だけでなく、仕事やプライベートの関係でも、他人と比較することで自分の中に複雑な感情が蠢きます。今回は姫乃さんが感じた嫉妬と、そこにある寂しさを綴ります。

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち 003
「戦場のガールズ・ライフ」

カフェでパソコンをする寂し気な女性の画像
by Christin Hume

 幸い私は大人になったので、もう他の女の子と同じ制服を着ることも、試験の結果や、誰のほうが異性に好かれるかで順位を付けられることもありません。あれだけ煩わされたはずの、女の子同士の嫉妬心とか、僻み混じりの羨望とか、そういった感情もいつしか忘れてしまいました。

 この原稿が行き詰まって、そろそろ一週間が経ちます。

 私の方から、「新連載なので、最初はわかりやすい話を書きましょう」と編集さんに提案したのですが、女性同士の嫉妬心とか、そういった具体的なテーマを与えてもらうと、一向に書ける気配が訪れませんでした。いつかはひどく執着していたはずなのに、ちっとも思い浮かばないのです。ああ、弱音を吐きたい。でも私には、弱音を吐けない理由がありました。

 まだ私が一冊のエロ本にしか連載を持っていなかった頃、とあるライターの女性が、「締め切りが溜まって執筆が追いつかない時、自分はライターに向いていない気がして落ち込む」というようなツイートをしていて、少し羨ましく思ったことがあるのです。当時は、締め切りが溜まるほど仕事のある人が、ライターに向いていないわけがないと思っていたからです。

 いまの私は困っているから弱音を吐きたいだけで、昔の私みたいに、誰かから羨ましがられる対象なのかもしれないと想像すると、それだけで気持ちが塞ぎます。弱い私など羨ましがられても、ますます困ってしまいそうです。

 あの頃の私は10代でしたが、思えばまだ嫉妬心のようなものがあったのかもしれません。しかし、いまはそれも遠い昔のことみたいです。

 溜め息をつきながら原稿を諦めて、パソコンで別のウィンドウを立ち上げました。

 最近、自分の新しいホームページを作るために、過去に出版した書籍や、主な連載などをまとめているのです。あれこれ懐かしみながら資料を探しているうちに、ふと、岡崎京子のトリビュート本に、私の写真が掲載されたことを思い出しました。しかし、肝心のタイトルが思い出せません。岡崎京子……なんだったっけ。

いつか自然と距離が近づくと思っていた人

 インターネットで調べてしまおうと思って、検索画面に「岡崎京子 トリビュート本」と打ち込んだ瞬間、思考が横すべりして、そもそも書籍や連載をホームページに掲載する時、何をどの順番に記載すればいいのかわからないことに気が付きました。

「書籍タイトル/連載タイトル/出版社」かな。
「出版社/書籍タイトル/連載タイトル」かしら。逆なのかもしれません。

 ほかの人のホームページを参考にしようと思いましたが、普段、人のホームページを見ることがないので、誰を検索したらいいのか悩んでしまいます。正確に言えば、ひとりだけ思い当たる人がいたのですが、意識に浮かんだとたん、キーボードに乗せた指が重たくなって止まってしまいました。普段からなるべく彼女のことは考えないようにしていたからです。

 でも、さっき、あのツイートを思い出したせいか、今日はやけに頭から離れません。結局、参考にしたい人も彼女しか思い浮かばなくなって、仕方なく一文字ずつ、確実に憂鬱を深めながらキーパンチしました。

 検索結果にホームページは見当たらなかったので、更新の止まった彼女のツイッターにアクセスして、注意深く投稿を見ないようにしながら、プロフィール欄に記載されているウェブサイトのリンクをクリックします。

 リンク先が表示されるまでのほんのわずかなあいだに一気に深まった憂鬱が、次の瞬間ほどけました。ホームページが表示されるはずの新しいタブに、さっき検索したトリビュート本のタイトル名が現われたからです。

 そういえば、タイトルは『岡崎京子 戦場のガールズ・ライフ』だった。

 最近パソコンの調子が悪かったので、また誤作動かと思ってページをスクロールしましたが、誤作動ではなく、そこには彼女が生前に利用していたはてなブログが漂っていました。

 私は本名を「まみ」といって、「戦場のガールズ・ライフ」という名のブログを更新していた雨宮まみさんとは同じ名前でした(彼女はこちらが芸名ですが)。

 雨宮さんとは二回だけ、顔を合わせたことがあります。一回目はあるイベントの打ち上げ会場で、二回目は映画館でのオールナイト上映会でした。もう何年も前のことです。

 エロ本でライターデビューした私は、AVライターを自称してアダルト媒体でも積極的に原稿を書いていた雨宮さんと、よく比較されていました。自分の感情を上手に書く雨宮さんに対して、私は人から聞いた話を文章にする仕事が多かったのですが、それでも「ポスト雨宮まみって感じだね」とか、「将来は雨宮さんみたいになりたいの?」と、よく言われていたのです。

 そのこと自体は、どうしてそういう風に見えるのか不思議に思っただけで、気にとめていなかったのですが、名前も同じだしなんとなく意識してしまって、初めて会った時は名前を言い合っただけで、次に会ったときは「こんばんは」と言ったきりでした。

 でも本当はひとつだけ、私はある事情から、彼女に対してひどく複雑な感情を抱いていたのです。この事情についてはこれからもずっと、私の中だけに秘めておこうと思っていますが、このことがもっと雨宮さんと話してみたい気持ちに歯止めをかけました。どこかで勝手に、いつか自然と距離が近づく日も来るような気がして諦めてしまったのです。

 でも私と雨宮さんは仲良くなるどころか、それから何年も会うことがなく、もう会えないままです。

本当はずっと泣きたかった。
今は後悔がぐるぐるとまわっている

 私と雨宮さんはもともと同じAV情報誌に寄稿していました。いまは時々、彼女が担当していたインタビューページを私が担当しています。でも、もちろん、こんな形で雨宮さんの仕事を引き継ぎたくはありませんでした。

 結局、私と雨宮さんの接点はそれきりなのに、「ポスト雨宮まみだね」と言われていた日々と同じように、不思議と人から雨宮さんの話をされます。その度に私は、当たり障りなく微笑んで、「寂しいですよね」というようなことを言います。なるべく声が寂しく響かないように。

 私は本当に寂しくて、それがずるいことのように感じていました。私は彼女が知らないうちに、勝手に複雑な感情を抱えていたのです。それはすごく愚かで恥ずかしいことでした。

 正直に話すことができたら、もしかしたら仲良くなれたかもしれません。嫌われたり、喧嘩になったりしたかもしれないけど、少なくともいまのように、ひとりで泣き出してしまった時でさえ、泣いてはいけないような気がして我慢する必要はなかったのかもしれません。

 いま私はとても原稿に行き詰まっていて、いまならそれがすごく寂しいことだとわかるのに、やっとそこまで追いつくことができたのに、いつまでも私は寂しいままです。

 ついに雨宮さんのホームページは見あたりませんでした。その代わり、彼女のブログ「戦場のガールズ・ライフ」には、単行本と連載をまとめたページがあって、ずらっと並んだ単行本の表紙を見ていたら、どれも意志が強いきれいなデザインで、雨宮さん自身を見ているようではらはらと涙が出てきました。

 でもまた、とっさに自分に泣く資格はないという、すごく凡庸なきれいごとが湧いてきて、本当はずっと泣きたかったことと、やっぱり無理にでも話しかければよかったという後悔が頭をまわりはじめます。

 私はそっとパソコンを閉じて、手の平で蓋をするように両目を押さえつけました。そして、記載の順番については、もうどこかに忘れてしまいました。

Text/姫乃たま

次回は<「SWIMMER」の閉店…思い描いていた未来ではない今に気恥ずかしさを覚える>です。
「大人になったら迎えに来るからね」と幼少期から憧れ続け、好きな人と好きなものに囲まれた生活を夢見ていた姫乃さん。大好きだった雑貨屋SWIMMERの閉店がきっかけで、その夢が実現できない想いが溢れます。

ライタープロフィール

姫乃たま
地下アイドル/ライター
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