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夏休みに聞いていた見知らぬラジオの声。遠い人とつながるような錯覚を覚える

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち002 「夏休みのラジオ」

秋の夕暮れの湖畔でひとり佇む女性の画像

 いまでもラジオは好きですが、子供の頃のラジオはもっと、ずっと特別でした。

 小学校の夏休みは途中でやけに長く感じる日があって、そんな日に私はラジオの存在に気が付きました。いつもCDを聴いている機械でラジオが聴けるなんて、全然知らなかったのです。
 いままで見過ごしていたボタンを押すと、CDもMDもセットしていないのに音が流れてきて、少しだけ怖いような、変な、面白い感じがしました。まるで見知らぬ場所から送られてくる秘密の交信みたいです。
 それに少しざらざらするラジオの音声は、小学校のプール教室から帰ってきてそうめんを食べている時や、宿題をしてから窓を開けて昼寝をする時に心地よく、気だるい手足によく沁みこむようでした。

 聴きたい音楽をCDで流せるのは素敵な瞬間ですが、自分で選んでいない音声が流れてくるのはもっと素敵な体験でした。知らない曲が流れていたり、途中だった誰かの会話に入っていくところも、テレビみたいにみんなで観るわけじゃないのも、ちょうどよかった。
 みんなでいるのも、ひとりでいるのも、寂しい時があって、そういう時、ひとりの部屋に流れるラジオはちょうどよかったのです。

 学校が始まってから、いちばん仲のよいめぐちゃんにラジオの話をしたら、「ええっ、おじさんみたい」 と、顔をしかめるので(めぐちゃんは誰よりも小さくて、誰よりも大人びていたので、そういう表情をするとどちらも際だって可愛らしかった)、ラジオは仲良しのめぐちゃんでさえ聞いていない、本当に私にしか聞こえないもののように思えました。
 たしかにラジオには、近しい人たちには内緒で、自分から遠い人たちと繋がっているような心地よさがあります。

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