• love
  • 2017.08.07

私のいない場所に憧れる…知らない家の窓灯りが好きな地味な女の子

自分だけがいない世界、自分のいない朝の存在を求め、心躍らせた子供時代の姫乃たまさん。大人になった今もその憧れは続いていて…。自分のことが好きになれない理由を求め、それを構成する要素を探すエッセイ。

 自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。

永遠なるものたち 001 「知らない家の窓灯り」

山でひとり朝焼けをみつめる女性の画像

 眠れない夜には、双眼鏡で知らない家の窓を眺めていました。まっ暗な部屋の窓辺に立って。もし見つかっても、叱られるだけで済んだ年頃のことです。見つかったことはないけれど、もしかしたら叱られもしなかったかも。他の人からしてみたら、どうしてそんなことをしているのか、妙に思われただけかもしれません。実際に私は、家の中にいる人を覗きたかったわけではないのです。知らない家の窓に灯りがともっている。私のいない生活がある。そのことが重要だったのです。

 私のいない生活に入ってみたい。へんてこな憧れは強く、どうしたら叶うのかわからなくて、私をひどくときめかせて、同時に寂しくもさせました。
しかしこれは、ただ誰かとの生活を交換することで手に入れられるものではないと、小さかった私もどこかで分かっていた気がします。このことを誰かに話したことはないのですが、そんなことってありませんか?

 もっと幼かった頃、こんなこともありました。
夜、母親がつけていたテレビに、朝の光景が映っていたのです。まだ明るい空の下で、お兄さんが明日の天気を知らせていました。私は日本にもまだ明るいところがあるのだと思い込んで、とってもびっくりして、とっても羨ましくて、ちょうど電話をかけてきた遠くに住んでいる祖父に、「そっちはまだ朝なの?」と聞いて、驚かせたのです。

 私のいない朝がある。祖父が夜だよと答えているのも耳に入らないくらい、このことは私を歓喜させました。心躍らせたまま眠りにつき、しかし目が覚めた時、私はいつもと同じ朝にいたのです。ぽかんとしました。砂漠で辿り着いたオアシスが幻だった時の旅人みたいに。

それでも私のいない世界に惹かれてしまう

 子どもの頃、絵が上手なちーちゃんとよく遊んでいました。小学生の時にちーちゃんと私の間で、相手の部屋を掃除するのが流行りました。私たちは“掃除”と呼んでいましたが、物を捨てたり、床を拭いたりするわけではありません。模様替えのようなことです。ベッドとか棚とか、大きな家具は動かせないので、たいてい机の上にある文房具だとか、お人形さんとか、小さいものたちを好きなように並べ替えます。

 彼女の部屋にあって、私の部屋にはないものたちを動かすのは、とても愉快なことでした。シールが貼ってある鉛筆削りや、キャラクターがプリントされたメモ帳や、読んだことのない図鑑を、片付けるというよりは飾るように動かしていきます。相手の掃除は手伝ってはいけないのがルールだったので、私が掃除をしている間、彼女はこちらを見ないようにベッドに隠れていました。完成を見るのがこの遊びの楽しいところだからです。だから彼女の背中は待っている間もなんだか楽しそうでした。
自分の部屋を掃除してもらう時には、申し訳ない気持ちにもなりましたが楽しみでした。なんと言っても、机の上のものが自分では考えつかないような配置になっていて、少しだけ知らない家に来たようだったからです。気持ちが明るくなります。

 なんと、私のへんてこな憧れは、大人になったいまも続いています。

 いつか打ち合わせ中に、「君は、地味な女の子だよね」と言われました。
私の仕事は華やかなものです。人の前で歌をうたうのです。ライブハウスとか、バーだとか。そこには色とりどりのリキュールや、時にはミラーボールまであるのです。でも、そういうところで自分とは関係のないパーティーに混ざると、“とてもいいところへ来た”という気持ちになります。でも、自分が歌いに来た時は、不思議とそういう時ほどときめきません。あの、いつもと同じ朝にいた日のことを思い出します。

 自分のいない場所に憧れて、そこへ辿り着くと失望するのは、地味な女の子がやることだと、彼は話していました。

 いまでも初めての町を歩いていると、胸が締め付けられるようになります。とりわけ、夕方の知らない道は、家の中の匂いまで立ちのぼってくるようで、頭がくらくらしてきます。
あの家の中に私のいない生活があると思うと、窓灯りがずっといいものに思えるのです。私にも、帰る家があるのに。 料理上手で明るい母親と、ギターを弾く父親と、サラリーマンになったばかりの弟がいて、みんな仲が良くて賑やかなのに。
時々、自分がすごく残酷なことをしているような気がして、悲しくなって家に帰ります。そこには、私の家があります。

 ほら、また、オープンテラスで食事をしている人が、とびきりいいことをしているように見えて胸が高鳴って、私もつい席についたけれど、何も起きなかった。私が選んだジントニックは、知っている味がします。それでも私は、私のいない世界にばかり惹かれてしまうのです。

Text/姫乃たま

次回は<夏休みに聞いていた見知らぬラジオの声。遠い人とつながるような錯覚を覚える>です。
小さい頃に好きだったものはなんですか? 今はないもの、失ってしまったものを思い出そうとすると、そのときの気持ちや感覚までも一緒に浮かび上がってくるような気がします。姫乃たまさんの連載2回目は、夏休みにひとりよく聞いていたという「ラジオ」にまつわるエッセイです。

ライタープロフィール

姫乃たま
地下アイドル/ライター
今月の特集

AMのこぼれ話