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  • 2017.05.18

大切な人と別れた直後の彼女がすごく綺麗だった理由

恋人との別れを決断した直後の女性達が際立って美しいのは、他のいかなるときよりも、自分を強く信じているからにほかならない。

決断した直後、女性は綺麗になる


©Katie Tegtmeyer

 友人が、長年付き合った彼と別れることになった。
もう何年も前から同棲していて、すでに家族のような存在だった彼。友人は今年ついに30を迎え、いよいよ結婚も視野に入れて動き出そうとしていた矢先に、思いがけず事件が勃発した。詳しい説明は省略するが、結構な修羅場の末の、別れ。こういうときこそ我々の出番と、私と、そして私と友人がともに信頼する年上のお姉さんの3人で食事をした。すぐに割り切れることばかりではないだろうけれど、それでも覚悟を決めた様子で淡々と、ことの成り行きを話す友人。ひとしきり話を聞いた後、それまで黙って話を聞いていたお姉さんがおもむろに口を開いた。

 「でもあなた今、すごく綺麗よ」

 それだ、と私ははっとした。その日、店に入ってくる友人を見た瞬間から、彼女がいつもとはどこか違うと感じていたが、いつもと違って当然と、別段気にも留めていなかった。ところが、お姉さんの一言でふいに気付かされたのだ。最初に感じた不思議な違和感の正体は、目の前の彼女がまとう、いつにも増して際立つ美しさにあったことを。

 似たようなことが昔にも一度あった。私がまだ子供だった頃のある日。母と私は近所の祖母の家で、母の妹、つまり私の叔母の帰りを待っていた。当時、叔母は32、3だったかと思う。公務員として働いていて、収入も安定していた。稼いだお金で一人、チベット旅行なんかにも行っちゃう、田舎では珍しい自立した女性だった。性格的に好き嫌いもはっきりしていたため、周りが持ちかけたお見合いを何十回とこなすも、なかなか結婚には至らなかった。
ところが、そんな叔母にもいよいよその時が来た、ということだった。今回のお見合いはかなりの好感触で、叔母は何度かデートを重ね、祖母によると今日のデートでいよいよ決めてくるということらしい。ようやく訪れたこのときを盛大にお祝いしようと、あろうことか母は特上寿司まで頼み、ぬかりなく祝宴の準備を整えて叔母の帰りを待った。……ところが。帰宅した叔母は食卓を彩る特上寿司を見るなり途端に顔を曇らせた。というのもその日、叔母は先方に「やっぱりごめんなさい」を告げて戻ってきたのだ。

 そんなはずではと慌てる母、そして祖母。お祝いムードが一転してお通夜化し、仕方がないからみんなでしんみりと特上寿司をつまんだ(それがより一層お通夜ムードに拍車をかけた)。可哀想に、未だ新鮮なことの顛末を渋々話し始める叔母。先方を良いと思ったのも事実で、結婚も前向きに考えていたが、受け入れられないことと天秤にかけた末、やはり決断することはできなかったと、叔母はそういうことを話した。
不思議なことにその日の叔母がいつにも増して綺麗に見えて、幼心に驚いたことを、私は未だに忘れられずにいる。

自信を「持つ」ことは不可能

 美しい彼女達の話は一旦置いておいて、少し「自信」というものについて考えたい。

 最近では、自己評価の低い女性、自分に自信がない女性ほど悪い男に騙されやすいという構図が定説となりつつある。だからこそ自己評価を高めること、自分に自信を持つことが大切、と私たちはいたるところで耳にする。けれども自分に自信を持つってそう簡単なことじゃない。正直に言えば私自身、どうしたって整った人よりいびつな人に惹かれるし、何度痛い目を見ても、根底ではどこか一般的な感覚が大きく欠落した人に振り回されたい欲求が強い。……で、こういうのを悪い男に騙されやすいと言うのであれば、ここから脱却して新しい景色を見るために、自分により強く自信を持たねばならないと思う。
根が真面目なもので、それはもうあれこれ試した。結局は自己暗示だろうと、鏡に向かって「あなたは出来る」って語りかけてみたり、寝る前にその日褒められたことを思い出したり、欠点こそ長所だと言い聞かせてみたり……改めて列挙すると非常に恥ずかしいことを色々やった。けれども実際のところ、それによって何が変わったという実感はまるで得られなかったのだ。そりゃそうだろって感じだけども。そんな経験を経て、あるときふと気づいた。自信って、持て、なんて言われる割に、その実、意識でコントロールできないものなんではないのかと。

自分の中の核を鍛える

 改めて考えてみると、恋人との別れを決断した直後の女性達が際立って美しいのは、他のいかなるときよりも、自分を強く信じているからにほかならない。自分以外の、誰の保証も得られない中で、かけがえのない存在を、あるいはそうなり得る可能性のあったものを、手放す。リスクを覚悟した上での決断が、嫌が応にも自分を信じざるを得ない状況を作り出し、そんな強さが、彼女達をいつも以上に美しく見せていたのだ。
 
 「自分を信じるよりほかない」という状況は、決して楽なものじゃない。孤独だし、怖いし、苦しい。けれどきっとそんな、言うならば余計な負荷が、さながらウェイトトレーニングで筋肉を鍛えるときのように、自分の核をより強く、鍛えてくれる。そうやって鍛えられた核の強度こそ、自信の大きさであると私は思うのだ。
50キロのバーベルを持ち上げられるといくら頭で思ったところで、それに足る筋肉がなければバーベルはびくともしない。ぬるい自己暗示じゃどうにもならない。ちょっとずつ負荷をかけて、無意識下できちんと働いてくれるまでに、鍛えなきゃいけない。そのために、孤独な中で決断することが必要なのだ。
もちろん、必ずしも大切な人との別離でなくたっていい。仕事で責任のある決断を下すのだっていい。自分を信じるより他ない、誰にも甘えられない状況で勝負に挑むことが重要なのだ。そのときは不安でいっぱいでも、結果勝負に負けたとしても、一度大きな決断を下したという事実は、それだけで自分の核を強くしてくれる。そしてその強度は必ず、美しさとなって外見に表れる。

 今の世の中、表面的な美しさなんてお金を出せば結構簡単に手に入るけれど、揺るぎない核を持った女性の、内面からにじみ出る凜とした美しさは、どんなにお金をかけたって手に入れることができない。だからこそ、しかるべきときには正面から堂々と勝負する、決断を下す。それができる女性でありたいと、私は思うのだ。

SOLOでこの連載を読む
Text/紫原明子
From/SOLO

童貞の疑問を解決する本. 書籍版
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