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  • 2017.04.13

東京のキラキラ社交界「光の国」に入るとできる自分の長い影

草野球のエースなら草野球のエースとしての自分に、市民マラソン入賞者なら市民マラソン入賞者としての自分に、誇りを持って生きればいいのだ。

「東京で生まれ育った子にはかなわない」

家入明子 恋愛 結婚 光と影 闇オチ

 かつて、東京の有名なお嬢様女子大に進学した同郷(福岡)の友人が「東京で生まれ育った女子にはかなわない…」と遠い目で呟いたことがあった。
「だよねえ」と訳知り顔で同調したが、今になって思えば、私はその実、何もわかっていなかったのである。

 その頃私は、東京に移り住んでいたとはいえ、学校にも会社にも所属せず、家庭で赤ん坊の子育てに勤しんでいた。そんな中でできたママ友たちは、確かにキラキラと眩しかった。みんな「VERY」から抜け出してきたみたいに揃って美人だったし、東京のお洒落なお店、美味しいお店をたくさん知っていた。腕利きの美容皮膚科も、バーキンの持ち方も、みんな東京でできたママ友が教えてくれた(蓋みたいな部分は終始内側に折り曲げとくのである)。
そういうのをリアルに体験し「東京スゴイ、かなわない」と私も思った。思ったけど、19歳で出産した私とママ友たちには平均して一回りほどの年の差があり、東京もすごいが、最もすごいのは弾ける前のバブルであろう、という風に理解していたのである。

 けれども私が少しずつ個人として社会に出るようになって、ママコミュニティの外にいる同世代の女性達と接点を持つようになると、実はバブル崩壊後の東京にも、地方の中流家庭出身の私などには考えも及ばない華やかな暮らし、社交界が、健在だったのだということを知る。
 
 「東京の子にはかなわない」とつぶやいていた友人は地元の名士の子供であったが、そんな彼女をもってしても「かなわない」と言わせる東京の社交界。一体どんなものかと言うと、デビューはなんと幼稚園だ。当然のようにお受験を課している幼稚園に、まずはあの手この手で迎え入れられなければデビューは果たせないのである。そこで、お教室に通ったり(お教室に入るのだって紹介が必要な場合もある)、有力者の推薦状を入手したりしてなんとか入り込むのだ。
入園さえしちゃえば一安心、というはずもなく、当たり前のように脱落者も出る。貸し切った船の上で開催されるクリスマスパーティーや、突如決まるホノルルでの現地集合といった無茶振りに、臆することなく対応できる資金力、そして精神力を持ったものだけが、最後まで生き残るのだ。

「光の国」には自分の長い影がある

 こういった環境で育った女子は、高度な教育を受けているため基本的な能力が高く、いい大学に進学し、いい仕事に就く。ネットワークを活かして御曹司と結婚する。なんだかもう、目をやられそうなくらい眩しく輝いている。というわけで、私はこういった東京のキラキラ社交界を「光の国」と呼んでいるのである。

 ……で、当然、光あるとこに影あり。間違って一歩でも光の国に足を踏み入れてしまえば、嫌が応にも直視せざるを得ないのが、自分の足元からなが〜く伸びる、真っ黒な影である。与えられた環境全てを当然の権利として享受できる彼女たちの屈託のなさにもやるせない思いだが、金持ち喧嘩せずとはよく言ったもので、光の国の女性たちはだいたい性格もいいのでケチをつけようものなら単に醜い八つ当たりになってしまう。

 同世代、同性というだけの理由で、こんなにも隙のない、光り輝く女性たちと同じ場所に陳列されねばならないと思うとただただ絶望。「東京で生まれ育った子にはかなわない」そんないつかの友人の言葉が、今度こそ正しい重みを伴って、耳の中にこだまするのである。
 
 ……しかし。ここで心を折って「闇の国」、別名「こじらせの国」に逃げ込んでしまってはダメなのだ。何しろ「こじらせの国」は優しい。人をだめにするソファと同じくらいぎゅっと体を包み込んでくれる。だからこそ、一度はまれば抜け出すのは至難の技なのである。仮にスポーツ選手に例えるならば、光の国の彼女たちはいわばオリンピック選手。そしてオリンピック選手と同等のパフォーマンスが発揮できないからといって、自分を運動音痴だと定義するのは安易だ。草野球のエースなら草野球のエースとしての自分に、市民マラソン入賞者なら市民マラソン入賞者としての自分に、誇りを持って生きればいいのだ。

とはいえ私たちの足元はとても揺らぎやすい

 本来、できないこと、持っていないこと、足りないことをアイデンティティとするのは、それはそれは大きな勇気を伴う英断でなければならない。何しろその後ずっと、自分の空洞と向き合っていかなくてはならないからだ。だけど私たちの足元はとにかく揺らぎやすい。ずっと同じ場所に立っているのはしんどい。それでつい、もうやめたって座り込みたくなる。(実際のところ、「光の国」の彼女たちだって同じなのかもしれないとも思う)

 じゃあなんで私たちの足元はこんなにも揺らぐのかっていうと、それは紛れもなく私たち女性が不本意にも巻き込まれるマウンティングによるものである。 ……ということで、次回はそのあたりについて考えてみたいと思う。


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Text/家入明子
From/SOLO

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