恋人とつくる「共通の経験」

ふたりでふつうのそばを食べたあの日以降、その蕎麦屋の前を通っても、なにひとつ気にならない。これまでは、蕎麦屋の前に来ると、「果たしてやっていけているのだろうか」「自転車よろよろ」と、数秒くらいは目を留めていたのですが、ただの風景として完全スルーできるようになっているではないですか。

だから何って話ですけど、たとえ1日1秒でも1年で計算すると365秒。約6分です。6分間、「この蕎麦屋、どうなのかな」と考えるストレスが、たった1度、1,000円くらいのランチで解消されたことが衝撃でした。

以来、よく通る道沿いの店には、恋人とともに「たぶんどうでもよさそうだけど、一応あの店、潰しておこうか?」と、積極的に入るようになりました。やはり8割の確率で、想像通り美味しくない、もしくは想像を超えてまずいのですが、着実にストレスは減っていく。

一方で増えていくのは、恋人と「微妙なランチを食べた」という “共通の経験”です。一緒に美味しいものを食べた記憶は、いつまでも大切に残り続けますが、不味い店に入って失敗した経験もそれはそれで、一緒に困難に立ち向かって克服したような気持ちが残る。

ふとした拍子に「あの店、酷かったねー!ラーメンのスープ、ぬるすぎたし。テーブル、汚すぎだったし」などと、過去の想い出を振り返りつつ、共感し合うことは、二人の結びつきを強めてくれる効果があるように思えるのです。

――次週へ続く

Text/大泉りか