送別会場はナンパスポット

 次の週末、待ち合わせ場所として指定された池袋の北口に向かうと、彼女は軽のミニバンの中で待っていました。送別会って酒を飲むんじゃ……といぶかしみながら近づくと、車のフロントには白いファーが敷かれ、ブラックライトが青白く照らしているのが確認できました。どこからどう見てもヤンキーカー。

 そんな車で彼女に連れられ向かった先は、埼玉の大宮でした。「大宮に熱いナンパスポットがあるから、まずはそこに行こう」と言うのです。そもそもは「飲みに行かないか」と誘われていたはずなのでまさかの展開でしたが、埼玉くんだりまでわざわざナンパをされに行くというのもなかなか貴重な経験なので、おとなしく従うことにしました。

 彼女に連れていかれた大宮のナンパスポットは、駅前の大きなロータリーでした。そこに軽自動車が等間隔に並んでいます。都心の職場から、電車に乗って返ってくる夫を待つ妻たちの車……と思いきや、それらはすべて、ナンパ待ちをしている女の子たちの乗った車なのです。

 ナンパ目的の男性たちがロータリーをゆっくりと車で流し、声を掛けたいと思った女の子たちがいたら、その車の隣に自分たちの車をピタリと寄せて止め、声を掛けるという仕組みです。成立した場合の行先は、街道沿いにあるカラオケボックス。そのまま車2台で向かうと聞いて、「なんだかよくわかんないけど、システムがよく出来てる!」と驚いたのでした。

 こうしてわたしと彼女は“ナンパ待ち”をすることになりました。その時に初めて、彼女の派手なメイクや金色の髪の毛、そしてわかりやすくメスを感じさせる服装の意味を理解しました。ブラックライトの中で、彼女の髪の毛は妖しく輝いているし、濃いメイクに彩られた顔は艶やかです。昼間のオフィスではただのヤンキーにしか見えない彼女が、この車中ではものすごくそそる、いい女に見えました。なるほど、彼女のルックスはこのカーナンパ用にカスタマイズされていたのです。

 そしてそれは、見事に成功していました。彼女の光る髪の毛に吸い寄せられるようにして、男性たちが次々と寄ってくるのです。彼女は、それをふるいにかけては、いちいち振り落としていく。端で見ていて、ゲームのようで爽快でさえありましたし、「選ばれる」という満足感と、「それをにべもなく拒否する」という快感がありました。

 その日、結局、彼女のお眼鏡に適う男性には会えませんでした。仕方なくわたしたちは、今度は川越へと向かいました。そこに彼女の行きつけのホストクラブがあるということでした。川越のホストクラブで朝まで飲んで騒いで、解散したのは朝日がすっかり昇った後のことでした。

 彼女と別れた後、一晩一緒に過ごしたにもかかわらず、彼女との会話をなにひとつ覚えていないことに気が付きました。そしてそれは、ナンパしてくる男性と、ホスト……男を介してのコミュニケーションしか取っていなかったからだということに、すぐに思い当たりました。

 彼女とは、それを最後に会うこともありませんでした。
なぜ彼女はネットアイドル活動をしていたのか。残念なことにその答えを、わたしは今でも知りません。

――次週へ続く

Text/大泉りか

次回は<そして私は身体を上司に投げ出した。洗脳じみた職場のハラスメントと決別するために>です。
23歳の大泉りかさんが転職した先は、パワハラ上司のいる出版社でした。2人きりになったある日突然、目の前で性器を露出するようなひどいセクハラにも遭ったのに、なぜ仕事を辞められなかったのか。ハラスメントが「普通」になってしまう前に、脱出するためには。