いい大人だって恋に右往左往する

 父との貧乏暮らしのせいで、日々の家事に追われ、恋に恋する余裕もなく、男の人を意識したことすらなかったふみが(まるで恋を忘れたワーカホリック女子だ)、初めてちゃんと恋をする相手、それが暁だ。
無口で無愛想。執筆中は昼夜の別なく書きまくり、飯もろくに食わず、原稿が終われば気絶したように眠る(こちらもかなりのワーカホリック男子)。普段ははたいていボサボサの髪を適当に束ね、首もとダルダルの白Tシャツを着ている。おしゃれもへったくれもない。まさに無頼派の王子様。でも、告白の言葉は饒舌だ。

「人を/好きになることが/どういうことかいまいちよくわからないが/お前の笑った顔は好きだ/泣いてる時は/どうにかそいてやりたいと思う/完璧じゃないが/これだけじゃ不満か?」

 ……いえ、ぜんぜん不満じゃないです。というか、どうしよう、めちゃくちゃストレートでかっこいい。言葉数は多いけれど、決して「盛っている」のではなく、自分の気持ちをきちんと説明していると感じられる。「いまいちよくわかからない」と申告しているのも、逆に信用できる。言葉の仕事をしているけれど、言葉で女を酔わせない。誠実だ。ふみが惚れるのもよくわかる。

 仕事に夢中で、己のイケメンぶりにも、恋する気持ちにも無自覚。ふみより一回りも年上なのに、恋愛レベルが実は彼女と同程度。最高である。
あと、大変個人的なことで恐縮だが、わたしは髪の毛束ねてる系男子、たとえば『重版出来』の五百旗頭とかが好きなので、暁もかなりタイプだ(福山雅治もNHK大河『龍馬伝』の時だけ妙に気になっていたし……)。

 で、暁の担当編集にして幼馴染みの「金石」がまたいい男なのである。作家・暁のよきパートナーでありながら、男・暁のよきライバル。ふみのことを好きになりかけているのに自覚がない暁をどうにかせねばと、わざとふみにちょっかいを出して、暁を嫉妬させたりする。
親友のために当て馬役を自ら買って出るという、ちょっとねじれた優しさは、まさに大人の余裕…とか思っていたら、なんだか金石もふみのことが気になりはじめているような。ミイラ取りがミイラになっている。一見チャラくて、要領がいいように見えるが、実は彼もまた不器用な男なのだ。

 そう、この作品には、わかりやすく不器用な王子様と、ひそかに不器用な王子様のふたりがいるのである。
全体的にマイペースで、口も悪くて、恋愛ベタの暁と、誰とでも表面上はうまくやれるのに、実は孤独な金石。人気小説家とその担当編集、という社会的立場を取り払ってしまえば、そこにいるのは、恋に右往左往している不器用男子ふたりである。

 大人だって悩むし、迷うし、すっ転ぶ。ふみもやがては気づくだろう。ものすごく大人だと思っていた人たちが、案外そうでもないことを。でも、そこがいいんだけどね!
大人のダメなところ、不器用なところにこそ、恋の旨味があるのだということをふみはこれから徐々に学び、大人読者であるわたしたちは再確認する。この「再確認」を楽しませてくれる仕掛けがある限り、わたしたちはいつまでだって少女マンガに萌えられるだろう。

Text/トミヤマユキコ

次回は <尊敬できる女、A子さんこそ“天然モテ”なのだ『A子さんの恋人』>です。
ハッと振り返ってしまうほどの男前モテ男子「A太郎」と、理知的で意地悪いのに恋人のことを甘やかしてくれる「A君」、ふたりの恋人の間でゆれるのは一見モテ要素とは程遠い地味で普通なA子さん。彼女が求愛を受けるのは尊敬できるからこそ!?地味女子に学ぶモテの極意とは…。