“ウィーク・タイズ(弱い絆)”を持つ人が成功する

――現代人が、強くて緊密な友達関係に疲れてきているということに、もう少し別の社会学的背景はありますか?

玄田

日本では震災の後、“絆”って言葉が流行しましたよね。でも社会学では、“絆”には2種類あると言われているんです。
ひとつは“ストロング・タイズ(=強い絆)”。これは、一緒に暮らしている家族や、同棲しているカップル、毎日連絡を取り合う親友といった、常に緊密につながっている関係のことです。“ストロング・タイズ”には、理由や損得といった理屈を抜きに、丸ごと自分の存在を受けとめてくれるような安心感がある。

もうひとつは、“ウィーク・タイズ(=弱い絆)”。いつも会うわけじゃないけど、たまに会うと「おー、元気だった?」ってすぐに意気投合できるような関係のことです。自分と全然違うところに住んで、まるっきり別の生活をしていて、まったく異なる経験をしている。そういう人って、たまに会ったときに思いもよらない発見や気付きをもたらしてくれたりすることがある。

――友達と呼べるほどじゃないけど、ゆるくつながっている関係ってことですね。

玄田

アメリカのある研究では、転職で成功した人にこの“ウィーク・タイズ”を持っている人が多かったそうです。日本でも同じような結果が出ています。自分一人で考えたり、家族や親友といった“ストロング・タイズ”の人たちだけに相談すると、「お前はどうせこういうヤツだから」と決めつけられて、かえって失敗することもあったり。
日本の社会って、これまで地縁・血縁・社縁といった“ストロング・タイズ”を重視してきたんです。組織や共同体のメンバーから誰一人落ちこぼれを出さないように一丸となるんだけど、ひとたび抜けたら村八分にする、みたいな。それって、“組織に守られている”という安心感や気持ち良さはあるけど、みんな同じことしか考えないから、大きなブレイクスルーはない。

――なんかわかります。特定のコミュニティにどっぷり浸かっていると、内輪の空気やお約束に縛られて、かえって息苦しかったりしますね。

玄田

一方、“ウィーク・タイズ”の関係にある人って、自分とはまったく違う情報や経験を持っているし、先入観も持ってないから、自分でも気付かなかった資質や適性を客観的に見抜いてくれたりするんですよ。小学校の同窓会や異業種パーティーとかでばったり会った“ウィーク・タイズ”の人と雑談しているうちに、「こんなビジネス、向いてるんじゃない?」とか「よかったら、うちにこない?」といった話にもなる。
今は日本の企業でも、仕事のやり方が組織ありきから、プロジェクトベースに少しずつ変わってきています。常に固定の“ストロング・タイズ”を持っている人よりも、これからはその都度相応しい人材を集めてきて、プロジェクトが達成したら解散するような柔軟な“ウィーク・タイズ”を持っている人の方が、これからは有利になるでしょう。

――仕事でも友達関係でも、ゆるいつながりのほうがいいとみんなが思いはじめたんですね。

玄田

だから、おひとりさまでも全然いいけど、“ウィーク・タイズ”は持っていたほうがいいと僕は思う。それは、“第三の居場所”と言ってもいいかもしれない。家庭と職場と、2つしか居場所がないというのはよくない。3つくらいあったほうがいい。トライアングルが一番バランスがよくて、支えがあって強いですから。ただ、“第三の居場所”も固定化してしまっていつも同じ場所に行ってばかりでは、“ウィーク・タイズ”にならないから意味がないんですけどね。

――強い帰属先や、所属コミュニティのような居場所は求めなくてもいいということですか?

玄田

「居場所があれば安心だ」っていうのは、どうかなと僕は思う。もちろん“ストロング・タイズ”が全部ダメで、みんな“ウィーク・タイズ”がいいなんてことは思いません。でも、震災とかを通して、世の中に安心なんてないんだとみんな痛感したと思うし、家族だって、いつまでいるかわからないと思うから大事にしようと思う。

――“ウィーク・タイズ”な人間関係はどうすれば作ることができますか?

玄田

仕事とかの利害関係がないところで、小学校の同窓会があるから行ってみるとか、しばらく会ってないけどなんとなく気になる人に、旅先から手書きで手紙を書いてみるとか。そういう、小さい手間ひまをかけることから、“ウィーク・タイズ”が生まれることもあるでしょう。
忙しいと、心の余裕を失って「私にはここしかない」と思ってしまいがちだけど、そこで“心の窓”みたいなものを完全に閉じちゃいけない。その窓を行き来することで、ゆるい絆が生まれて、生きるヒントをもらえたりするから。
どうしても、お金と時間にゆとりがある人の方が“ウィーク・タイズ”は作りやすいんだけど、これからの時代は、それほどお金をかけずに、限られた時間で、どうやってゆるい絆を作っていくかが重要だと思います。

Text/ 福田フクスケ
※2015年12月3日に「SOLO」で掲載しました

玄田有史(げんだ・ゆうじ)
1964年、島根県生まれ。東京大学社会科学研究所教授。専攻は労働経済学。若年者の失業問題に迫り、雇用の本質的な問題提起をした『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』(中央公論新社)で、サントリー学芸賞を受賞。ニート(若年無業者)の問題を日本に知らしめた第一人者としても知られ、希望を個人の内面ではなく社会の問題としてとらえる「希望学」を研究・提唱している。主な著書に『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)、『希望のつくり方』(岩波新書)など。