その時の環境下で思考回路は変わる

木登りも素潜りも得意な上に、海蛇も獲ってくる地下足袋の人。(※海蛇はその後すぐに解放されました)すると不思議なことが起きた。最初はどんな変わり者の棟梁だろうと純粋な興味でもって観察していたはずなのに、気がつくと私の脳内で、変わり者はめちゃくちゃたくましいガチムチイケメンへと、ナチュラルに変貌を遂げていたのである。好奇な目が好色の目に…。

そもそも私はどちらかといえば身体能力が低い人に惹かれる傾向があるし、身体能力が高い人を見ても「へ〜」と関心して終わる。仮に舞台が六本木だったとして、地下足袋と手ぬぐい姿の彼がやってきたら、やっぱりちょっと困惑する。六本木ヒルズの蜘蛛のオブジェにこともなげに登りだしたところで、うっとりするより先に他人のふりをして逃げる。ところが舞台がこと日本のガラパゴス小笠原というだけで、木に登れる、海蛇捕まえられる、といった高い運動能力の価値が、突如としてぐっと跳ね上がるのだ。

逆に日頃のアーバンライフで重視している知力というのは、それだけでは途端に陳腐なものになってしまう。だって青く澄んだ海を進むボートの上で豆知識を延々と披露されても「ちょっと黙って」って言いたくなると思うし、森の中でどんなに独創的なガジュマルの登り方を試されても「普通にやって」って言いたくなると思う。

これらのことから考えるに、結局のところ我々の思考回路とは、そのとき自分の身を置く環境下で生き残る力が強い人に魅力的を感じる、そのような構造になっているのではないかと思う。だから、頭ばかり使う都会で暮らしていると、頭ばかり使う都会に最適化された人、頭の良い人がよく見える。同様に、体を使って自然と渡り歩くことが必要とされる環境では、体を使う能力が高い人が、自ずと魅力的に見えるのである。

そういう風に考えると、「恋愛しようにも好きな人ができない」という女性は、まずは自分自身の主たる居場所、生活環境にぶれがあると言えるかもしれない。どんな能力が最も重視される環境で生きているのか、そのことに自覚的になることで、魅力的な人が浮き上がってくるようなこともあるかもしれない。

いずれにしても、長いこと都会に身を置いている人は、ぜひ一度、離島のエコツアーに参加してみてほしい。有無を言わさず崖を登らされたり、海蛇タッチに挑戦したり、都会とはまた違う能力を必要とする暮らしを一時的に体験することで、気づかないうちに狭まっていた視野の広がりを実感できるかもしれない。こういう人が好きって思ってたけど実はこっちもいける、ということが判明すると、人生の楽しみも2倍である。国内の離島というのは海外のリゾートと違ってバックパッカーのようなスタイルの一人客が多いし、エコツアーに参加することによってナチュラルな出会いもある。

離島への旅、ぜひ一度体験してみてはいかがだろうか。

Text/家入明子

※2015年6月10日に「SOLO」で掲載しました