あるようでない、ないようである。

それとも…の正体こそが悪だと思った。
かつての恋人がとても悲しい局面に遭ったとき、「男だから、泣けない」と唇を噛みしめる姿をみて、どうして泣いてくれないのか、悲しかった。男だから、なんてクソくらえと本気で思った。

もちろん中には、世間の規範する“男らしさ”や“女らしさ”が心地良い人もいる。それも含めて、自分らしさだと納得して生きる人もいる。
規範の中で心地良く呼吸ができている貴方は、それができない私の感情をあるようでないものだと受け流すかもしれない。当然従えるものとして、無意識に押し付けてしまったことも忘れてしまうだろう。
それでも、生きづらい私にとっては、ないようでも確かにあった。言葉の破片が刺さったまま、重圧に呼吸ができないまま、解放を願う“私”が、ここにあるのだ。

ほんの少しの想像に、尊重に、救える心がきっとある。
“男”“女”の枠組みを超越して、貴方に共感し、貴方を好きになれたら。どんなに可能性の芽を伸ばすことができるだろう。

フラットな世界に想いを馳せる。
どこまでも地続きである。
遠くの誰かも、隣の貴方も、いつかの私も。

“人間好き”に、私はなりたい。

Text/椿