『完全な幸福をもたらす普遍的万能薬』

わかりやすそうな例として結婚と出産をあげましたが、このまま1人で生きるにしろ、仕事でキャリアを積むにしろ、きっと我々が「完全な幸福」を手にすることなんて、この世にいる限りないんです。まあ、ちょっとよく考えればわかることですね。もしそんなものがあったとしたら、それはおそらく違法なドラッグかなんかが作った幻想なので、早めに離れることをおすすめします。
私は日本画家・松井冬子の描いた『完全な幸福をもたらす普遍的万能薬』という脳の中身が丸見えの不気味で狂った絵画が好きなんですが、もしみなさんがつい「幸せになりたい」と思ってしまったら、Googleで検索してこの絵画の画像を見てください。欠けることのない完璧な幸せなんて手にすることは、あの世に行くまで不可能です。

もし今よりも、恵まれた境遇にいたら。もし今よりも、多くのものを手にしていたら。私もそんな妄想に支配されたことがなくはないですが、こういう妄想はもっと現実レベルまで落とし込んで、細部までしっかり思い浮かべるべきだと最近気が付きました。もし自分が、結婚して子供を産んだら。駅でベビーカーを押しているときに、男性に舌打ちなんかされたら……私は怒りに身を任せた檄文を自分のブログとかに書き殴って、炎上して四方八方から怒られまくっていることでしょう。そんな私は、独身の今と変わらず、けっこう楽しそうであると同時に、良くも悪くも煩悩にまみれています。雑誌に出てくるような笑顔が素敵で幸せそうなお母さんには、私はたぶん5回くらい死なないとなれません。

結婚して子供を持っても、独り身のまま仕事をがんばっても、どこかで失敗してホームレスになっても、穏やかな幸せをかんじるときもあれば、脳の血管がブチ切れるくらい腹が立つこともあるはずです。そういう意味では何をやったってどうせ幸せになんてなれないし、何もやんなくたってけっこう幸せだともいえます。自分が幸せになるためには何が必要で、何が不必要なのか、そんなことを見極めるのはムダだっていってるんじゃないですよ。それはそれ、これはこれ。ただ、どんなに条件を揃えても、あるいは揃えられなくても、人間なんて結局最後は、気の持ちようなんじゃないでしょうか。

自分はどうしたら幸せになれるのかなんて、あんまり根詰めて考えるのも疲れませんか。たまには、もうめんどくせえから何でもいーや、と達観して笑い飛ばすのもアリかなあ、なんて私は思うんですよね。

Text/チェコ好き

初出:2015.11.19