「死にたい…」田舎の価値観とあわなかった10代の私が「幸せだ」と言えるまで

今回は恥を捨てて私のコンプレックスを曝け出します。闇の部分の大公開です。
自分語りにはなりますが、よろしければお付き合いください。

コンプレックスの塊だった10代

by YIFEI CHEN

私は今でこそ、クヨクヨ悩んだり落ち込んだりすることがほとんどありません。そのため人から“自己肯定感の高い人間”だと思われることが多く、「自己肯定感が低いのが悩みです」「コンプレックスを克服するにはどうすればいいんでしょうか?」と相談されることが多いです。

私が思うに、自己肯定感が低くなってしまうのは“自分の理想とする生活”と“実際に実現可能な生活”の差が大きいからです。そして“自分の理想とする生活”を叶えるために足りない部分がコンプレックスになります。自分の能力以上の理想を追い求めるとコンプレックスが生まれ、自己肯定感が低くなるのです。

たしかに今の私は自己肯定感が高く、コンプレックスも少ない方だと思います。
しかし以前の私は自己肯定感が低く、コンプレックスの塊でした。

私は辺鄙な田舎に生まれ、高校を卒業する18歳までを過ごしました。
田舎には独特の同調圧力があります。全員が足並みを揃えるのが良しとされ、飛び抜けた能力や個性を発揮すると警戒され叩かれる……まさに出る杭は打たれる世界。きっと私の故郷だけの話ではないと思います。

そんな環境で、私はまさに“出る杭”でした。
私の田舎では、勉学に励んだり、人とは違う趣味を持つことは嘲笑の対象。たしかに子供の頃の私は勉強が好きでスポーツはまるでだめ、ゲームにもアイドルにも興味なし、趣味は読書と楽器とお裁縫……今思えば、同級生と馴染めなくて当然の子供でした。

テストで満点を取れば「ガリ勉」と笑われ、当時ハマっていた中国古典文学は「また変な本読んでる」と馬鹿にされ、ドッジボールでは恰好の標的にされ……子供の私の心には大きなダメージで、とうとう「いじめ・自殺ホットライン」に電話をかけるまでになります。

環境のせいにしていい。環境から抜け出す努力を

しかし電話相談だけで悩みは解決せず、両親はそんな私を心配してパソコンとインターネット環境を与えました。「インターネットがあればいろんな価値観の人に出会えるし、自分の居場所が見つかるかもしれないし、これからの社会では仕事にも役立つかも」という理由からでした。

インターネットを使い始めた私は同じ趣味の人が集まる掲示板を利用するようになります。最初はその趣味について語り合っていたのですが、次第に親しくなり、そこにいた大人たちに自分の置かれた現状と自殺しようか悩んでいる旨を相談しました。

すると
・とにかく勉強はしておけ
・東京に行けば夏にコート着て歩いても誰も指差さない
・君がおかしいのではなく田舎のみんなが世界を知らなさすぎるだけ
・環境のせいにしても良いから環境から抜け出す努力をしろ
・今は辛いが良い経験になるし分かる日がくるから死ぬのはちょっと待て
と、相談員よりも前向きなアドバイスをくれました。

特に「夏にコートを着て歩いても誰も指を指さない」という言葉は衝撃でした。例えば田舎の場合、夏にコートを着て歩こうものならすぐに“変な人”として警戒され、“変な人=危険因子”を排除するために軽い村八分に合うことは目に見えています。

アドバイスをくれた人たちはみんな首都圏在住で、「都会にはいろんな価値観や宗教・文化圏の人が共生しているから、そこまで人のこと気にしないよ」と言いました。

この時“都会に出て自分と同じ価値観を持つ仲間を見つけて幸せに暮らす”という目標ができ、その時置かれている現状を“目標を叶えるまでの試練の時”だと思えるようになったのです。

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