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  • 2012.11.28

最終回:リアルな男女関係よりナンパ実況への承認を重視する男たち(5)

 社会学者・宮台真司さんへ「脱いいね!」に関するインタビューを行いました。
第1回の「自分はイケてるぞアピールからは腐臭がただよう…“見るに耐えない”コミュニケーション 」から、「クソアピールをやめることができないクレージークレーマー層の“認められていない”感」「濃密な対面関係を妨げる疑心暗鬼のコミュニケーション」「“なぜ知ってる?”疑心暗鬼を生み出すネットの危険」とご紹介させていただきました。

 第5回は「リアルな男女関係よりナンパ実況への承認を重視する男たち」について迫ります。
脱いいね! から、現在の男女が抱える性愛の問題までと盛りだくさんの内容です!

リアルな男女関係よりポジションを重要視する男たち
ナンパを実況しては瞬間恋愛も何もない!

宮台真司 脱いいね! Facebook フェイスブック 腐臭 アピール

―男女関係についての質問をしたいのですが、たとえばfacebookを使ってリアルの活動をより充実させている人たちはいいとします。
しかし、そうではなく、ネットの中だけで活動したり、たくさんいいね! されて嬉しいだけなど、リアルな男女関係や付き合いに結びつかないよいう人がたくさんいるように見受けられます。それについてはいかがでしょう?

宮台:リアルな男女関係に意味があるのかどうかが、そもそも問題です。
 たとえば、僕がナンパのスキルを教えた若い男の子の中に、ツイッターで「ナンパ実況」をする者がいます。

 実況といってもむろん多少ラグ(遅れ)があるのですが、さきほどこういう風にナンパして、耳元でこうささやいたら、こう反応して、今はホテルにいて…みたいなもの。これは、僕の教えをまったく理解していない例です。

 僕は、女性にアプローチしてバンゲ(番号ゲット)からセックスに至る過程を、ナンパの〈前半プロセス〉、セックスに至ってから(至らずとも)関係を構築する過程を〈後半プロセス〉と呼ぶことにしています。
かねて〈前半プロセス〉に問題を抱える男性が多く、ナンパ塾やナンパマニュアルは主にここに照準してきました。
その場合暗黙の前提として、そこに問題を抱えなければ特に問題ないという理解がありました。

 ところが、この15年ほど、〈後半プロセス〉に問題を抱える男性が次第に増えてきました。
その流れで最近では〈後半プロセス〉に問題を抱えない若い男性がむしろ珍しくなりました。
 それに呼応して、若い女性の「性愛への期待値」が下がるという現象が拡がってきています。結果として、男女を問わず、セックス後の関係に踏み込む際に、過剰に自己本位的・自己防衛的になっています。

 僕は〈行きずりナンパ(内在系)から、瞬間恋愛(超越系)へ〉という理念を伝えようとしてきました。
行きずりナンパに実りはありません。友人だったライターの故・東ノボル氏のいう〈瞬間恋愛〉がなければ〈輝きに満ちた眩暈〉はありません。

 そのことを僕があれだけ伝えても、弟子たちがナンパ実況をしてしまう。これは良くないことです。
だって、それを見た女の子がいい気持ちになれるわけないじゃないですか。女の子を心から思いやる気持ちがなければ〈瞬間恋愛〉はあり得ません。

 ここに見られるのは、昨今ありがちな本末転倒です。
ナンパ自体を濃密にするために心を砕くのではなくて、ナンパを実況することが濃密なんですね。同性集団の中でボジションを保つためのアピールのほうが、彼らにとって重要になっています。
 あるいは、そうやって仲間に承認され、リスペクトされる自分というものを調達することが、達成感を与えるようになっている。
でも、そんな世俗的なものごとに囚われるような意識のあり方では、性愛の〈輝きに満ちた眩暈〉は得られません。

 僕は「ここへの拘泥」ないし「可能性への拘泥」の構えを〈内在系〉、「ここではないどこかへの憧憬」ないし「不可能性への憧憬」の構えを〈超越系〉と呼びます。
〈行きずりナンパから、瞬間恋愛へ〉は〈内在系から、超越系へ〉とも言えます。

ナンパの本当の実りはセックスをした後…
SNSで自慢することが喜びではいつまでも幸せになれない

─その男性はシェアすることで、自身のナンパの内容よりも、周囲に知らせることに重きを置いているのですか?

宮台:たぶんそうです。自慢できている瞬間が濃密であり、仲間に承認されていると思えることが濃密であるような、〈内在系〉の構えです。
そうした若い男がとても増えていると感じます。その理由は、ナンパデビューの遅さにあると思います。

 そういう場合、ナンパできるようになることが、ある種の自己啓発になってしまいがちです。
「ワンランクアップすること」や「一皮剥けること」を目的に、キヨミズの舞台から飛び降りるが如き覚悟で、ナンパ塾にやってくる若い男が多いんです。
 ナンパ塾に来れば、数ヶ月もすれば〈前半プロセス〉のスキルが上がります。
すると「俺はこんなにすごくなったんだ」となり、それを人に認めてもらいたくなっちゃうんです。そうじゃなく、女との濃密な関係性を作るところにいけよ、という話。

 ナンパの実りは、セックスに至るまでの〈前半プロセス〉より、セックス以降の関係性を作る〈後半プロセス〉にこそあります。
実況男子は〈前半プロセス〉にしか意識が向いていない。実況ログを女が見れば〈後半プロセス〉が阻害されるでしょ?

 リアルな男女関係といったって、そうしたナンパの頽落に象徴されるような、つまらないものが多くなっています。
だから、彼氏がいたり、夫がいたりする女ほど、ナンパしやすくなっているんです。

 希薄な関係しか構築できない男に限って、女の歓心を買うために、一所懸命に質問して、ニーズに応えようとします。意味がない。
そうでなく、女が知らない「こちらの世界」に巻き込んでこそ、女に〈輝きに満ちた眩暈〉を与えられます。
 その意味で、マーケティング用語を使えば「マーケットイン(巻き込まれ)」よりも「プロダクトアウト(巻き込み)」が大切で、それをもたらすには、外的な言葉への反応を見る「質問」よりも、相手の内的な構えを取得する「内観」が大切です。

性交の最終目的地は“「ここではないどこか」を現実化した状態”

―結局、それは本質的な恋愛関係に結びついていかないということでしょうか。

宮台:ナンパというと聞こえが悪いけど、〈超越系〉のナンパつまり〈瞬間恋愛〉は、現実の恋愛をベースにした想像的(imaginary=虚数的)な見立てです。実は、現実の恋愛も想像的な見立てなしには成り立たない。恋愛とナンパは繋がるのです。

 現実には性交可能なパートナーは日本国内に限っても何千万人もいます。
何千万人ないし何億人からたった一人を選んで「唯一の」存在として見立てるのが、18世紀末に始まるロマン主義的な恋愛です。

 属性ないし述語的には「そんな女」はいくらでもいるでしょう。この女は可愛い、肉感的だ、優しい…そんな女はいくらでもいます。男も然り。

それが現実(real=実数的)です。でも、そこに決断主義的に「唯一性」を見立てるのが、恋愛です。
 その意味で、ロマン主義的な恋愛は、実部(real)と虚部(imaginary)から構成される複素数(complex)です。
その意味で〈瞬間恋愛〉は、実はロマン主義的な恋愛の作法を、いわば圧縮的に実現したものだと言えるでしょう。

 これは謂わば現実の変性(alteration)です。現実の変性をもたらすものが変性意識(altered state)。
物理的現実を変性したものだという意味では全ての意識が変性意識ですが、標準的意識からの逸脱度をベースに所謂〈変性意識〉を定義できます。

 その意味で〈変性意識〉はトランス状態を含んでいます。ランニング・ハイやドラッグ・ハイの状態も〈変性意識〉です。
普段は敏感なものに鈍感になり、普段は鈍感なものに敏感になった、謂わば繭の中に入ったような状態です。
 ハイデガー哲学の中核概念はエクスタシス(脱自)です。自分の外に流れ出るという意味で、「ここではないどこか」に向かう志向です。
実は、性愛でいうエクスタシーとも同根です。不可能なはずの「ここではないどこか」を現実化した状態です。


 たとえ一瞬のことではあれ、自分の輪郭を失い、世界ないし相手と融け合って、どれが自分でどれが相手かも分からなくなる〈輝きに満ちた眩暈〉の状態です。これはもちろん〈変性意識〉に入った状態です。
 シュノーケリングの軽装備であっても、海に潜っていると、10分経ったなと思うと30分経っていて、30分経ったなと思うと2時間経っています。
ある種のウラシマ効果ですが、時間感覚の著しい変容は、〈変性意識〉に入ったことのあらわれです。


 性交での〈変性意識〉の度合いも、時間感覚の変容でおしはかることができます。

性交のエクスタシーが強力であるほど時間感覚が変容して、場合によっては海に潜っているときよりもずっと大きく時間感覚が変容してしまいます。

 こうしたエクスタシス(脱自)的な〈変性意識〉の状態が、望ましい性愛の如何を測るバロメータだとすると、ナンパ実況は明らかにエクスタシスの反対物です。そんな俗事にかまけるエネルギーがあったら、別のものを追求しろという話です。

“いいね!”的な喜びは行きずりナンパのようなもの

宮台真司 疑心暗鬼 コミュケーション インタビュー 腐臭

―ナンパ実況をしてエクスタシスを得ようとしてはいないんですか?

宮台:いや、それは違います。ナンパ実況って文章を書くんですよ。
しかも“いいね!”的なリアクションが得られるようにアピールするんですよ。俺はすごいでしょ! みたいな。そんなものは、エクスタシス(脱自)どころじゃないじゃありませんか。

 いわゆるナンパ師を気取っていても、昨今はそういう輩が大半なんですよ。
そんなのは、〈後半プロセス〉を享受できないという点で意味がないし、〈後半プロセス〉へのシフトを妨げるという意味では、本人にとっても相手にとっても有害です。

―それは、ストイックさというか、男らしさがないとそうなってしまうんでしょうか。

宮台:ナンパが前回述べた「欠落の埋め合わせ」に過ぎないという意味でそうです。
だから意識が相手の状態でなく、自分の状態に向いています。
せいぜい自己満足的な「質問」に淫するばかりで、相手の状態を自分の中で再現する「内観」から遠い。

 こうした「内観」があれば、相手の快楽が自分に感染し、自分の快楽が相手に感染します。
相手を快楽に向けて操縦する操作的意識でなく、自分の中に再現された相手の快楽という自分の快楽をレッドゾーンにまで高める酩酊的意識になります。

 〈行きずりナンパから、瞬間恋愛へ〉〈内在系から、超越系へ〉〈通常意識から、変性意識へ〉〈操作的意識から、酩酊的意識〉へ。
“いいね!”的なものは、これら二項図式のうち、いつも前者しか意味しません。そんなナンパに意味はありません。



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